だって江ちゃんがそれはそれは絶賛するものだから、気になってしまったって無理はないと思うんだ。

「というわけで凛、脱いでほしい」
「はあ!?」

   自宅へ招いていた凛へ単刀直入に申し出る。というわけで、と言いながらも前置きをひとつも話さなかったために、スマホをいじってベッドの上でだらついていた凛はぎょっとした顔で若干引いている。

「江ちゃんがね、言うんだよ」
「江が?何をだよ」
「お兄ちゃんの筋肉はパーフェクトなんです!特に大胸筋はオススメです!せっかくお兄ちゃんと付き合ってるのに、堪能しないなんて損してますよ!って」

   全く似てない声真似をしながら言えば凛はがくりと項垂れた。江のやつ、とか。変なこと吹き込みやがって、とか。ぶつぶつ言っているのが顔を埋めたベッドの間から聞こえてくる。
   見られていないのをいいことにのそりのそりと近づき、ベッドの前にしゃがみ込む。半袖から伸びている腕、すなわち腕の筋肉に手を伸ばしてそろりと撫でると「っ、!」声にならない声を発した凛がびくりと顔を上げた。

「っ、急に触んなよ」
「触りたいって言ったじゃん」
「脱げとしか言われてねえ!」

   言われてみればそうだ。ならば改めて触らせてほしいと頼むまで。口を開こうとしたところで先に凛が「ってゆうかよ」と口を開いていた。

「……いつも見てんだろ」
「見てるけど堪能はしてないよ」
「何が違うんだよ」
「もっとこう、ぺたぺた触ってみたい」

   両手のひらを凛に向けて分かりにくいジェスチャーを見せる。分かりにくいと自覚しているだけのことはあるので、凛は未だに訝しげな表情を浮かべている。

「……だめかなぁ」

   わざと少し高めの声で、ベッドに腰掛ける凛を見上げて訴える。これでだめなら凛はきっと頷かない。凛はこれに弱いと知っていることを知っている。数秒置いてから、上から盛大な溜め息が降ってきた。

「はぁ……もういい、好きにしろよ。ただし、絶対脱がねえからな」
「わーい!江ちゃんに感想送ってあげなきゃ!」
「そんなの送るんじゃねえ!」
「いやだって江ちゃんが感想教えてって」

   あ、くだらねえ、って顔に書いてある。呆れた顔をしたところでもう言質は取った。もうこっちのものなのだ!

「では、お邪魔します」

   丁寧に一礼してから凛の胸元へと手を伸ばす。当然ながらに自分のとは全く異なる胸の造りに感心の声が漏れる。

「おおー…!」
「静かに触れよ」
「いやぁ、素人からしてもすごいよ!凛すごいね!さすがだね!鍛えてるね!」
「当たり前だろーが」
「すごーい!」

   すごいすごいと褒めれば悪い気はしないのか、凛の身体から力が抜けていくのが分かる。力は抜けても筋肉は硬い。すごい、すごいよ江ちゃん!きみのお兄さん!どんどん好奇心が膨らんできて、胸の筋肉をぺたぺた触っていた両手をお腹へと滑らしていく。

「ふっ、おい、くすぐってえ」
「え?筋肉ついてるのに?」
「それ関係ねえだろ、っ、」

   少々抵抗が見られたけれど構うものか。そしてもちろんお腹もがちがちだ。それもそのはず、シックスパックなんだから。ふおお!とまたもや感心の声を漏らしながら、腹筋と胸筋を行ったり来たりさせる。これは江ちゃんにいい感想文が送れそうだ。

「っ、……は、」

   胸を触っていた両手を背中に回す。必然的に抱きつく形になってしまったところで、余裕の少ない吐息が聞こえてきた。顔を上げてはっと気がつく。ぎらぎらと、凛の目の奥が光っている。あ、あれ?あれれれ?

「り、凛?ご、ごめんね、もうおしまいにする」
「……いい。続けろ」
「え?」
「だから、続けろって言ってんだよ」

   吐き出された声には欲が混ざっているように聞こえて、こちらのほうがじわりと変な気分になりそうだった。ぱっと手を引っ込めて首を横に振る。

「う、ううん!もう堪能した!満足!おなかいっぱい!」

   まずい、これはまずい。あわてふためきながら凛の前から退こうと腰を上げる。

「じゃあ交代ってことでいいよな」
「へ?……わっ、ぷ!」

   しかし、上げた腰を掴まれてベッドに沈みこまされる。驚いてすぐに身体を起こせずにいると、目を白黒させている間にカーテンをやや乱雑に閉めた凛がばさりと上着を床に投げ捨てて、あっという間に覆い被されてしまった。さっきまで布で覆われていた肌色が露わになる。

「ま、まままま待って凛!絶対脱がないって、言っ、」
「撤回してやる」
「してやる!?い、いいよ!いい!撤回しなくていい!」
「ナマエ」

   必死に抵抗してみせるも、耳元で艶めいた声で呼ばれてしまえば、ひゅっと息を呑んでしまう。絶対にわざとだ、この男。私がこれに弱いことを知っているからだ。

「江に感想は、送れねえよな?」

   あ、だめだ。食べられる。



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