「ナマエ」
お昼休み、いつものように購買で昼食を買うべく教室をあとにしようとすると、ハルに呼び止められた。珍しい。いつもなら真琴と並んで屋上に向かっているのに。
「ハル?どうしたの?」
「今日も購買か」
「うん。そうだけど」
「そうか」
そうか、って。なんの確認なんだろう。きっとハルのことだから続きがあるんじゃないかと待ってみると、目の前に何かがが差し出された。ピンクの水玉模様の包みは、いつもハルがお弁当を包むのに使っているのと色違いのもの。そうなるとこの中身はもしかして。
「弁当作ってきた」
「え?ハルが?私のぶん?」
「ああ」
「あ、ありがと………?」
予想は的中した。お礼を言って受け取れば、ハルは心なしか満足そうな顔をしているように見える。ぱちくりとしている間に、その表情のままスタスタと教室を出て行ってしまった。一体何なんだろう。
ひとまず友達の元へ戻ると「えっ、なんで!?どこからその弁当湧いて出た!?」案の定驚かれた。生憎、私も意味が分からないんだよなあ。別に購買が嫌だとか、たまにはお弁当が食べたいだとか、そんな愚痴を溢した覚えはないのに。
包みを開くとシンプルな長方形のお弁当箱が顔を出す。蓋に手をかけたところで、思い出したことがひとつ。そういえばこの前水泳部で、お弁当がアスリートとしての栄養管理がどうだこうだという議題が上がったとか上がってないとか聞いたような。そのときにハルのおかずが鯖オンリーで、マネージャーの江ちゃんに怒られたとか怒られてないとか聞いたような。もしかしてこの蓋の向こう側は白米と鯖だけなんじゃ…!?
「……………あれ、」
おそるおそる、ぱかりと蓋を開く。嫌な予感に反して中には鯖の塩焼き、卵焼き、にんじんのきんぴらが綺麗に並べられていて、彩りの為なのかおかずとおかずの間にはレタスが敷かれている。
「美味しそうじゃん!作ってきたの?」
「ううん。さっきハルがくれたんだよね」
「へー、幼馴染からの愛妻弁当かー、いいねー」
愛妻弁当???私とハルが仲の良い幼馴染だと知っている友達は大して驚きもせず。言われた言葉につまづきながらも、卵焼きをはむりと口に含む。じわりと広がるお出汁と甘み。私の好きな甘めの味付けだ。さすがハル!
ぱぁぁっと胸の中があったかくなって、もさもさと食べ進めていると、友達が「めっちゃ美味しそうに食べるじゃん」と携帯をこちらに向けていた。そんなことも気にならないほど、本当に美味しい。
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「ハル!お弁当すっごく美味しかった!ありがとう!」
「それなら良かった」
ハルが屋上から戻ってくるなりすぐに声をかけた。感想とお礼を伝えるとハルはまた満足そうな顔をして、手のひらをずいっと差し出してきた。
「?……はっ!まさかの有料!」
「ちがう。金じゃなくて弁当箱寄こせ」
「いや、洗って返すよ」
「明日の分作れないだろ」
「え?明日も作って来てくれるの?」
「ああ」
なんで?と聞こうとしたタイミングでチャイムが鳴ってしまった。ハルが手を出したままだったので咄嗟にお弁当箱を返却する。ちらりと隣にいた真琴を見たが、どこか見守るような眼差しで微笑むだけ。なんなんだ、本当に。
そう思いながらも、その日以来ハルが本当に毎日お弁当を作ってきてくれるのが、いつしか楽しみに変わっていた。二週間も経てば疑問も薄れて日常へと馴染んでいく。ハルの思惑を分からないまま、今日も今日とてお弁当を平らげてハルに「美味しかった!ありがとう!」と伝えては、ハルの満足そうな顔を見る日々が続いていた。
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「あっ!ナマエちゃーん!やっほー!」
そんなある日の帰り道、友達は委員会があって一緒に帰れないと言うので一人寂しく歩いていると、後ろから明るい声で呼ばれて振り返る。昇降口からぴょんぴょんと軽快な足取りでこちらに向かってくる渚くんの姿があった。
「渚くん、こんにちは」
「ねえねえ!どう?ハルちゃんの愛妻弁当!」
また愛妻弁当か。そばに寄るなり目をキラキラさせてそう言ってくるものだから、なんだか突っ込みづらくはある。
「愛妻弁当じゃないよ。本当にすっごく美味しいけど、愛も無ければ妻でも無いし」
そう返答したところでハルと真琴も昇降口から出てきたのが見えた。おそらくこちらを見ている渚くんは気づいていないだろう。私の発言に「ええ?」と大きめの声で反応していた。
「でもハルちゃんの愛は篭ってるでしょ?」
「ん?」
「だってハルちゃん、ナマエちゃんの胃袋掴もうとしてるんだよ?」
「んん?」
「だーかーらぁ!ハルちゃんはナマエちゃんの胃袋を!掴みたいんだよっ!ほらぁ、男性を落としたいなら胃袋を掴めって言うじゃない?ナマエちゃんも食べるのだーいすきでしょ?ハルちゃんお料理上手でしょ?この前お弁当の話が出たときにその話になってね、だからナマエちゃんのことを落とすのも胃袋から入ればいいんじゃないかなってことになったんだよ!」
「んんん?」
渚くんが早口でぺらぺらと語ることが、頭に上手く入ってこない。私の胃袋を掴む?ハルが?なんで?落としたいから??ぐるぐると言われた言葉を脳内で並べていると、昇降口からハルが駆け足で向かってきて。
「渚!余計なことを言うな!!」
「うわぁ!ハルちゃんっ!?いつからそこに!」
かなり慌てた様子で渚くんに詰め寄るハルをぽかんを見守る。追いかけるようにパタパタと真琴もこちらに来て、ハルを宥めはじめる。なんだ。なんなんだ。もう意味が分からない。
しばらく様子を見ていると、真琴が渚くんを連れて先に帰って行ってしまった。未だにぽかんとしたままの私と、ハルがその場に残される。ちらりとハルを見てみると、目がばちりと合ったけれど、すぐに逸らされてしまった。
「……ええと」
「忘れろ」
「へ?」
「渚の言ったことは忘れろ」
「……や、無理だよ」
忘れられるわけがない。だってあんなの、都合よく解釈してしまえば、ハルが私に幼馴染以上の好意を持ってくれてるという意味にしかならない。無理だという言葉に、逸らされていた視線が再びこっちを向いた。ハルは相変わらずの無表情だけど、なんとなくほんのり赤みがかってみえるほっぺたは、多分気のせいなんかじゃないんだろう。
「じゃあ、いつになったら掴まれてくれるんだ」
ぼそりと呟くように、投げやるように言われる。掴まれてくれるんだ、とは。胃袋のことを言っているのか、それとも別のことを言っているのか。ハルの言葉の意味はどちらか分からないまま、私も赤くなっているだろう頬を綻ばせながら後者の返事をした。
「そんなの、もうとっくに掴まれてるよ」