自慢じゃないが生まれてこの方一度も告白ということもされたことがない。かと言ってしたことがあるわけでもない。色恋沙汰に恵まれなくとも愉快な仲間たちのおかげで学校生活は楽しいことばかりやし、別に不満もあらへんかった。今日までは。
「ぼっち飯やん。珍しい」
教室の片隅でコッペパンをもさもさと貪っていると、去年から同じクラスのモテモテモテ男代表宮侑が話しかけて来た。数少ない男友達である彼にはなんの罪もないんやけど、今侑くんの顔を見るのはなんだかうんざりする。
「モテる人に私の気持ちなんて分からへんやろ」
「は?急になんやねん。喧嘩売るか褒めるかどっちかにせえ」
「………みんな彼氏のとこおんねん」
「そんで一人残ったん?」
その確認いらんやろ!と思いつつコクリと頷いてみせれば侑くんはぶはっと吹き出してから笑い始めた。笑い声でっか。教室に残っている何人かのクラスメイトがこちらを向く。やめてほしいほんまに。
「はーーおもろ。確かに俺はナマエちゃんの気持ちは分からへんなぁ。今朝も朝練後に一年のかわええ子に告白されてもうたからなぁ」
「へえ。ほなはよその彼女のとこ行きや」
「もっと興味持てや!しかも彼女ちゃうわ。フったし」
「かわええ言うてたやん」
「かわええからって誰とでも付き合うわけちゃうねん」
「うーーわ」
これだからモテモテモテ男代表、そして人でなし代表の宮侑は。私がモテへんことを気にしとるっちゅう話をしたのに自慢ばっかしよって。だんだんほんまにちょっとイライラしてきた。それでこいつ、なんで前の席座るん。
「………なんや。人の顔ジロジロ見て」
「いやぁ、こうやって見るとほんまに綺麗な顔しとるんやなぁって。侑くん」
しかしそんなことでイライラしたところで侑くんのことやから多分へこたれない。侑くんがモテるんはこの顔や。この顔が原因なんや。この顔に生んでくれた宮家母が偉大なんや。そう思うことでなんとかイライラを鎮めていくことが出来た。机に対して横向きに座り、私の机に図々しく置かれた腕へ視線をゆるゆると落とす。次に注目したのは指だった。コッペパンを持っていないほうの手をなんとなく伸ばして、気になった指をつかまえた。
「指も、爪も綺麗やなぁ。ちゃんと手入れしたり、鍛えたりしとるんやなぁ。私のとは全然ちゃうわ」
私の手入れ方法なんて精々爪を切ってハンドクリームを塗るくらい。派手な子たちみたいにネイルしたりもせえへん。あのネイルたちも十分綺麗でかわええと思うけど、侑くんのはそうゆうのじゃない。けどそうゆうのよりもよっぽど目を引く。せったー?やったっけ。なんかボールいちばん触るポジションやって、去年仲良うなったときに教えてもらった。あんまり覚えてへんけど、多分そのための、指なんやろうな。
「バレーのための侑くんは、綺麗やなぁ」
もぐもぐもぐもぐごっくん。コッペパンを平らげて、パックのオレンジジュースを流し込む。丁寧に手を合わせてごちそうさまをする。あれ?そういえば、なんや静かになったな。顔を上げてみて、えっ、と声が漏れ落ちる。侑くんの顔が金髪と合わさってカラフルになっとった。
「なんで顔真っ赤なん」
「っ、真っ赤とちゃうわ!!!」
「いや赤いて」
「うっさいわアホ!!ぼっち飯してろ!!」
声でっか。そんな文句を言う間もなく、ガタッ!と荒々しく立ち上がった侑くんはびゅんっと効果音がつきそうなくらいに教室からも出て行ってしまった。なんなん一体。ほんまにあの子、なにしにここにおったん。
………っていうか、
「うつるわ、あほ」
綺麗な顔であんな顔するん、反則やろ。
「ミョウジさんのこと好きや。俺と付き合うてほしい」
自慢じゃないが生まれてこの方一度も告白ということもされたことがない。かと言ってしたことがあるわけでもない。
………はずだったんやけど、どうやらその記録は今日を持って打ち止めになった。目の前で顔を赤くさせて、緊張した声で言ってくれたんは去年同じクラスやったヤマダくん。人生で初めて訪れた、昼休みに校舎裏に呼び出されての告白。ときめかないはずがあらへんし、断る理由だって特別あらへん。
「わ、私でよければ、よろ、」
よろしくお願いします。そう言って頭を下げる。晴れて私にも生まれてはじめての彼氏ができた。
「ナマエちゃんやーん!こんなとこで何しとるん?」
「うげ」
そう思っとった。この金髪が現れるまでは。
「うげってなんやねん」
「………なんでここにおるん?」
「二階からナマエちゃんがおるの見えてん」
「見えたからってなんで来るん」
「友達がおんの見えたから追いかけるなんてフツーやろ?なんで来たらあかんの?」
私とヤマダくんの間に立つこのガタイも顔も良い男は笑顔で、いけしゃあしゃあとそんなことを言ってのける。わ、わざとやん…!絶対わざとやん……!!身体がわなわなと震えて言葉が出てこえへん。ただただジッとその綺麗な顔を睨みつけていると、その顔はあちらを向いてしまった。
「なー、何しとるんって」
聞いとるやろ。
幾分か低くなった声が背中の向こうから聞こえた。顔の見えない私でさえ驚いたのに、目を合わせて言われたであろうヤマダくんはもっと驚いたことだろう。その証拠にビクッと肩を震わせてから「へ、返事!また今度でええから!」と怯えるように走り去って行ってしまった。
「侑くんって空気読めへんの?」
「はぁ?空気は吸って吐くもんやろ」
「今ボケるとこちゃうし、おもろないし……」
さっきまでのどきどきやら何やらが全て抜け落ちて肩を落とす。はぁ。無意識にかなり緊張していたらしく、どっと疲労感が押し寄せて来た。もうこうなったら侑くんに怒ってもしゃあないし、とりあえず教室戻ろか。その場を離れるべく侑くんの横を通り過ぎると「オイ」とさらに低い声が飛んできた。
「どこ行くねん」
「教室戻るに決まっとるやろ。もうここに用ないもん」
「俺が来んかったらOKする気やったやろ」
「え?うーん、まあ、そうやな。断る理由あらへんし。彼氏欲しいし」
「断る理由ないから断らへんのか。彼氏が出来んなら誰でもええんか。がっかりやわ、ナマエちゃんには」
「………侑くんさっきからなんなん?なんで私喧嘩売られてるん?」
「別に売ってへんやろ。本心や、ぜーんぶ」
喧嘩は売ってへん。けど本心で、威圧的な態度をとってきている。つまり侑くんは怒っとるんやろ。何にかは知らへんけど。侑くんがイライラしてるところなんて珍しくもなんともないけど、これ以上八つ当たりされて怒らないでおれるほど、私も大人ちゃうしなぁ。もし喧嘩になったりして、今度顔合わせたときに気まずくなるん、寂しいなぁ。やっぱり教室戻ろ。
そう考えてもう一度止めた足を進めようとすると、今度は腕を強めにつかまれた。まさかつかまれるとは思ってへんくて、目を見開きながら侑くんを見上げる。態度と同じようにその目には威圧さを帯びていた。
「誰が戻ってええって言うたんや」
「だって侑くんなんか、怒っとるし」
「だったらなおさら置いてくなや」
「ええ……私、侑くんと喧嘩したないもん」
ぽろりと弱音がこぼれおちると、今度は侑くんが目を丸くさせた。ただでさえ大きな目がまんまるになる。なんでそんな驚いてるんやろ。腕を離してもらえへんからこの場を離れることが出来へん。ええと。どないしよ。
「っ、嘘や!がっかりとか!嘘に決まっとるやろ!!」
「わっ、びっくりした」
「俺がナマエちゃんにがっかりするわけないやろがい!!」
考えていたら急に弾けるように侑くんが目の前で声を上げた。がっかりってゆうのは、嘘やったらしい。驚いてすぐに侑くんの言葉が入ってこなかったけれど、少しずつ理解が追いついてほっとした。貴重な異性の友達を失わなくて済みそうや。
しかしそう安心したのも束の間やった。
「どんだけ必死にナマエちゃんに彼氏が出来んように裏で頑張ってたと思ってんねん……!」
「………なんて?」
待った。なんか今、聞き捨てならん言葉が聞こえたんやけど。
「ちょお待って。侑くん何したん?」
「それは言われへん……」
「むっちゃ怖いやん」
「ヤマダにもあとで根回しせなあかんと思っとる……」
「むっちゃ怖いやん」
「しゃあないやろ!こんなに好きになったん初めてなんやから!」
「えっ」
す、すきって、言うた。あつむくん。
誰が、なんて野暮な質問は出てこんかった。私は侑くんと違って空気を読むことが出来るから。
途中からもしかしたら、そうなんちゃうかなって思うとったけど、そのもしかしたらだったとは。予想するのと直接言われるのとでは全然別物で、急速に顔に熱が集まっていくのが分かった。けどそんなに気にならへんかったのは、目の前におる侑くんのほうが真っ赤になっとったから。相変わらず私の腕をつかんだままの手に少し力をこめて、顔を強張らせて。
バレーしとる侑くんはあまりお目にかかったことあらへんけど、たぶん、かけ離れた姿をしとるんやろうなぁと思う。さっきまでの威圧的な空気はどこにもない。ほんまは侑くん問い詰めて、怒らなあかんのかもしれへんけど、なんかもうその顔だけで許せてまうような気がした。
「ふふ、侑くん、かっこわるいなあ」
「うっさいわ。本気で人を好きになったらかっこ悪くなんねん、男なんぞ」
ギロリと鋭い目で見下ろされるけど、ちっとも、なぁーんにも怖くあらへん。むしろかわええ。ヤマダくんにはかわええなんて、一ミリも思わへんかったのに。……あ、そっか。なんや、ヤマダくんへの返事決まっとるやん。断る特別な理由、出来てもうたやん。
そろそろ痛なってきた腕を離してほしいと伝えれば、侑くんは素直に腕を解放してくれた。ほなとりあえず、やることやらなあかん。
「って、だからなんで置いてくんや!」
「ヤマダくんとこ行かなあかんもん。ごめんなさいって、ちゃんとせんと」
「は」
教室に戻るという試みを再び言葉に引き止められる。けど理由を素直に言うたら侑くんはこの前みたいに目をまんまるにさせた。
「それって、」
「でも侑くんの彼女にもならへん」
「なっ、なんでやねん!今その流れやったやろ!空気読まんかい!」
「空気は吸って吐くもんなんやろ?」
「おもろないわ!なんでや、彼氏欲しいんやろ!」
「欲しいけど誰でもええと思われるん嫌やし。せっかくなら侑くんがええって思いたいやん。まだ告白もしてくれてへんし」
あまりかっこよくはない台詞を並べた侑くんの目が再びまるくなる。一度冷めていた彼の頬がじわじわとまた赤くなっていくのが見えて、きゅんと痛んだ胸にうっと声が漏れ出そうになった。いや、たぶん、声に出た。
でもバレへんかったのは侑くんが大きな手で口元を覆って「反則や」「なんやそれ」「あかん」と心の内をぼろぼろ溢しとるから。そんな顔しとるほうが、よっぽど反則やん。
「一週間」
「ん?」
「一週間で俺に惚れさせたる」
だから覚悟しときや。
真剣な目に射抜かれて、ずっと知らんぷりしていた心臓の音がやけに頭に響いてくる。だからもう、うつるて。ほんま。いろいろと。正直もう惚れそうなんやけど、っていうのは、まだ侑くんには内緒や。