高校生になったら好きな人が出来て、告白して、もしくはされて、付き合って。手を繋いで帰ったり、彼氏の部活の応援に行ったり、休日はデートをしたり。毎日メールして夜遅くまで電話したりもして。ヤキモチ妬いたり喧嘩したり、いつか私にもそんな青春がやってくるんやって思っていた。そう、思っていた。
「人生って思い通りにならへんな」
「……まぁ、自分が予想した通りの人生にしかならんのやったら、俺は今ここでミョウジとテスト勉強してへんな」
「大変申し訳ございません北様」
机をくっつけた向こう側、一瞬顔を上げて首を傾げた北くんはすぐノートに顔を向け直して淡々と反応してくれる。何故テスト期間、部活のない男子バレー部の主将を捕まえているのかと言えば、そんな野暮な説明なんぞしなくてもきっと分かるだろう。持つべきものは成績優秀なクラスメイトや。なんて頼もしい。北くんが仏に見える。
「北くんって彼女おったことある?」
「ある。一年のときにちょろっとだけやけど」
「ちょろっとて、かわええな」
「使ってええよ」
「ありがたく使わせてもらうわ」
北くんは真面目そうに見えて、いや実際真面目なのだけれど。なんというか近寄りがたそうな雰囲気を纏っているように見えて実際に話してみると案外くだけた印象だ。そのちょろっと付き合った彼女とは一体どんな人だったんだろう。可愛い子?綺麗な子?うちの学校?他校の子?ひとつ疑問が浮かぶととことん気になってきてしまった。
「それって告白されたん?いや、されてそうやな」
「なんでそう思うん?」
「北くん美人やもん」
「何言うてんねん」
「かっこええより美人って表現のほうがしっくりくるねん」
「………よう分からん」
わざわざ手を止めて真剣に考えつつ、言われたことが気に入らなかったようで少しむっとする北くん。初めて見るその顔が新鮮で可愛くて、ぐっと来てしまった。勉強は嫌だけど北くんのこの顔が見れただけで放課後北くんを捕まえた甲斐がある。
「ミョウジは美人よりかわええのほうがしっくりくるな」
「へへ、ありが……えっ!?北くん今なんて言うた!?」
「手動かさんなら帰るって言うたわ」
「いや文字数全然ちゃうやん!困るけど!」
「ほな手も動かしい」
「はい先生」
なんか北くんからは想像もできないような言葉が聞こえた気がしたのに。上手いこと誤魔化されてしまったような。いや、もしかして聞き間違いかも。諦めてノートに向かってシャーペンを走らせていると、私を急かしたはずの北くんが今度は口を開いた。
「ミョウジは彼氏おるん?」
「え?おらんよ。人生思い通りやったら今頃彼氏の一人や二人おったやろなーとは思うけど」
「いっぺんに二人と付き合うたらあかんやろ」
「はは、あかんなぁ」
「そこの漢字ちゃう」
「あ、はい」
「そこの漢字もちゃう」
「あ、はい」
「あとそこもちゃう」
「間違いだらけやん。恥ずいわ」
「恥ずかしいことないやろ。そのための勉強なんやから」
「いや惚れてまうやろ」
「あとそこも間違っとる」
「あ、はい」
「あと俺はミョウジの思い通りにはならへんけど、ミョウジの彼氏にはなれるで」
指摘された箇所を消しゴムで擦っていた手がぴたりと止まる。ミョウジの彼氏にはなれるって。誰がやねん。ぱっと顔を上げてみると当たり前だけどこの教室には私のほかには北くんしかいない。目の前にいるのは夕日に照らされた北くんで、さっきの言葉もきっと北くんで、北くん以外おらんくて。もしかしてさっきの"かわええ"は聞き間違いじゃなかった?沈黙が流れる教室に自分の心臓の音だけがやけに大きく響いてる気がした。
「北くんすごいこと言うてるよ」
「そうやな」
「そうやなて」
「勇気出したからな」
どうにか平静を装いながら言葉を投げるも、相手はもっと冷静で淡々としている。とても勇気を振り絞ったとは思えないが、嘘から一番遠い性格をしている彼のことだ。きっと嘘はどこにも含まれていないのだろう。
「て、テストで、いい点取れたら、北くんに告白しようかな」
もうとっくに私の中で北くんは特別な人になってしまっているけれど、つい言葉を選んでしまう。テストでいい点が取れたらなんて後付けだ。私も北くんの彼女になりたいって言うきっかけが欲しいだけ。
「不確定なもんに縋るのは好きやない」
「あ、はい」
遠回しに北くんの彼女になりたいです、オーケーですよ、というつもりだったけれど、言葉選び、間違えたかもしれへん。
「けど楽しみにしとる」
あ、大丈夫だったらしい。キャパオーバー寸前だった私はこくんと首を縦に振るのが精一杯。いつの間にか机に落としてきたシャーペンを再度手に取ってノートと教科書に目を落とす。もちろん内容なんて全く入ってこなくて、私の頭の中は目の前の男の子が占領している。
「………なんかもう、集中できひん」
「そうやな。帰るか」
多分北くんも集中できなかったんだろう。今でさえ集中出来ないのに、逆の立場だったらなおさら集中出来ない。移動教室のときはよく友達に急かされて準備しているのに、今日は何故かテキパキと身支度を終えた。北くんの影響かも。そんな小さな影響を及ぼした彼は既に支度を終えていて、出口へ向かって歩き出す北くんの後ろをついていくようにして歩く。
もしかしなくても一緒に帰るんだよね。確か途中まで方向一緒だって話したことがある気がする。ふわふわした雰囲気のせいかどうしても前を歩く北くんの後ろ姿を観察してしまう。バレー部の中では長身ではないらしい背丈。けど私よりはうんと高い場所にある。視線を落とすと綺麗な手が目に入った。もし北くんの彼女になったら、この手に触れることもあるんだろうか。
「手、繋ぐ?」
「え!?な、え、えっ!?」
「冗談や」
「じょ、ぐ、ぬう、北くんの冗談の難易度高いて………」
「繋ぎたいのはほんまやけど」
「!?」
もう降参したい。けど一度宣言したことは取り消さない。北くんが相手ならなおさら取り消したくはない。
後日、過去最高得点を叩き出した私は北くんがひとりになったところを捕まえて「き、き、北くんの彼女になれる点数やろか!」とめちゃくちゃな告白かも分からない告白をし、かっこええより美人がしっくりくるはずの北くんは「彼氏は一人にせなあかんで」とかっこええ笑顔を浮かべてくれた。