武蔵と小次郎

水が跳ねる。

刹那走った閃光は櫂を裂き、静けさが辺りを包む。

波が立つ。

ひやりとした感覚が脳裏を過ぎる。まさか、嘘だ。
反応の遅れた剣士は無双の剣の前に倒れた。
ばしゃりと水面を叩く音。暗くなる視界。
痛みは感じなかった。ただ信じられないといった風に目を見開いて、そうして意識を失う。


人を活かす、剣?

…僕が敗れるだなんて……。




目を開くと冷たい水も透き通った青空もなかった。
赤だ。赤と黒で彩られた継ぎ接ぎの世界が目の前に広がっていた。


ぼやけた頭を落ち着かせて、徐々に現実に帰ってくる。
ここは魔王が作り出した世界。時代を越えて世界を越えて様々な雄が集う場所。そして今は妖蛇を滅ぼす戦いの真最中。

ここに巌流島はない。



うたた寝をすると、いつも決まってあの決闘の夢をみる。
眩しい程の太陽、彼の羽織みたいに綺麗な青、そして光る海。鳥の鳴く声と波の音だけが響く。僕は白い砂浜でただ彼を待つ。

1年の時を経た武蔵は天下無双の名に恥じない素晴らしい技の冴えをみせて、小次郎の脇腹を一閃してみせた。
一瞬だった。永遠とも思えた。
不明瞭な思考の中で倒れ伏す時、不意にひとつの言葉が頭に浮かんでくるのだ。


人を活かす剣。


そうしていつもそこで覚醒する。
目が覚める時は決まって酷く気分が悪い。不快な訳ではない。ただ、分からないのだ。

剣は人を斬る為にしか存在しないのに。

何故彼はああも頑なに他の道を探すのだろう。



「……っくし」

時間の差など分かりにくい赤黒い曇天模様だが、それでも日が傾いていると分かる程度には時間が経っていたらしい。
真正面に妖しい夕闇が空を覆っていて、己の身体を纏う空気は酷く冷たい。
いくら自分が人外じみていても風邪をひくのは時間の問題であろう。

今日は武蔵に会えていない。
兵舎に行ったら会えるだろうか。それともまだあの武士と修行でもしているだろうか。

早く会いたい。斬り合って、戦い合って、彼の剣を間近に感じたい。
彼はみせてくれると言っていたのだ。
人斬り以外の剣の道とやらを。



兵舎へ向かってぶらぶらと足を進めていると、強者のにおいを近くに感じた。

目を向けると赤黒の世界には不釣り合いなほどの綺麗な空色の羽織。金で刺繍された天下無双の文字。
武蔵だ。

高まる高揚感のまま斬りかかっても良かったのだが、今日は趣向をかえて普通に近付くことにした。
夢でみた彼となんら変わり無い。綺麗な空色。早く。


「武蔵は綺麗な空の色をしているね」

「うお!?」

背後に立って恍惚とそう呟くと面白いくらい武蔵の肩が跳ねた。
いつもは気配(悪寒かも)で小次郎を察知するのに、おかしな事もあるものだ。

苦虫を噛み潰したような顔。ついでに回数の多い瞬き。もしかしたら武蔵も居眠りをして小次郎の夢でもみたのかもしれない。
それはそれで運命を感じて素敵だと思った。

流れるように剣を構えて、いつもの台詞をひとつ。


「武蔵、斬り会おう」

「君の剣を間近に感じたいんだ」








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否定しつつ期待もしてる

途中でダレて無理矢理終わらせたのは秘密


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