風魔とか

見たこともない異形の人形が、断末魔を上げながら四散した。

その光景を、なんとなくあの兜の最期と重ねながら眺めていると、仲間の呼び声が聞こえてくる。


俺には今、仲間がいる。

見知った顔はシモンだけだ。年が近い者が数名と、壮年の男性がひとり。

基本的に、皆心優しい者達ばかりだ。本の中の異界、彼らは如何なる時でも「協力」を惜しまない。

それが俺には、何故かとても眩しく映った。



よく、悪事を尽くす魔王を滅ぼす勇者の事を正義漢だとか、英雄であると形容するらしい。

シモンにはとても相応しい言葉だと思う。魔王ドラキュラを討った英雄シモン。うん、やはり良い響きだ。


だが俺はどうなのだろう。魔歴元年に蘇った魔王龍骨鬼を討った正義漢だと、世間は言うのだろうが。

俺は、兄者達の仇を討っただけだ。

憎しみに駆られ鬼になっただけだ。

ひとりで残虐行為に勤しんでいただけだ。


それのどこが「正義漢」なのだろうか。



「大丈夫か?」と気遣う声が聞こえた。

蒼真はつっけんどんとしているが、よく気が利く人物だ。
平気だと返事をすると、無理はするなよと言い残し分かれ道を走ってゆく。

優しい気遣いがちくりと胸にささった。



彼等もこの迷宮のような城に潜入した時は大体が一人であったらしい。

不安ではなかったのかと問うと、皆して「使命だったから」としょうがないと笑った。


強い人達だと思った。
だからこそ俺は、彼らと俺が同じ立場でここにいることに違和感を感じたのだろう。

俺と彼らにはみえない、けれど確かな境界線が引かれている。

俺にだけみえる強固な境界線だ。

それが俺に語りかけてくるのだ。深く関わるなと。お前は今更人には戻れぬと。彼らを傷つけるのは魔物ではない、お前の醜い甘えだと。



鮮血をまき散らしながら、骸骨のように痩せこけた男が地に伏せた。

ねっとりとした絵の具が巨大な帆布に禍々しい世界を描いている。彼方此方に血なのか絵の具なのか分からないものがべっとりと壁や床に染み着いていた。
この部屋の空気は限りなく淀んでいる。

歩く度響く絵の具の水音に顔をしかめながら、アルカードが宝箱に手をかけた。


各々がそれぞれに戦利品を手にして、今日の戦闘は終わりを告げる。

今回は少しばかり疲れた。くだらない妄想に頭を持って行かれていたせいであろうか。
そうであればなんと不甲斐ない事だろう。皆に申し訳がたたない。


さあ帰ろうと皆が言うので、帰路に着くため俺も足を向ける。
「風魔」と呼びかけられたのはそのすぐ後だった。

振り向いた先にいたのはシモンだ。
なんとも言えぬ憂いた表情に図らずもどきりとしたのはきっと妄想のせいだろう。ああ、英雄はどんな顔をしても映えるものだな。


どうかしたかと問うと、シモンは困ったように頭を掻く。その仕草に彼の意図をはかりあぐねていると、数秒後にぽつりと独り言のようにつぶやいた。

「いや。今日は随分と危なっかしくみえたものだから」

「なんだか放っておけなかった。」


ツ、と甲冑に隠れた背中に汗が伝った感触がした。

戦闘に集中しきれていなかっただろとか、そう言う意味で言った言葉ではなかったのだろう。
シモンは心の内まで見透かすみたいに瞳を細めてこちらをみている。

境界線が、ぶれてみえた。


上手い返答が思い付かず顔を伏せ黙りこくっていると、彼の足がすぐ近くまでみえる。

顔をあげると頼りがいのある笑顔が目の前にあった。

「たまには仲間を頼れよ」

ぽんぽんと子供をあやすように頭を撫でて、シモンはその場を離れた。

撫でられた場所にぎこちなく手をやって、そうしてなんだか泣き出したい気持ちになって、振り払うみたいに歩き出した。


まるで兄者のような事をするのだな。

緩みきった境界線が今にも千切れるような予感がして、かぶりを振りあたたかい妄想を打ち消す。


俺は鬼だ。

彼らには近付けない。


早くしないと置いてくぞーと文句が耳に届き、すぐ行くと返事をして非人間は走り出す。




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兄さんが死んだ時点で風魔は人として終わってしまったけどHDメンバーがちょっとずつ人に戻してくれるみたいな展開妄想した

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