武蔵と小次郎



ぱらり、ぱらり

ばらばらばら


たん、と軽い音をたてて小さな欠片は床に転がる。
急いで拾い上げて籠に入れるも、籠に穴が空いていてあっという間に元通りに床に散らばった。何度も何度も拾っては散らばり、とうとう拾うのを諦めた。

バラバラに四散している欠片を踵で蹴って暫く遊んだ。思い通りにならない欠片が憎くて憎くて、蔑ろにしてすっきりした頃には欠片は更に細かく崩れていた。

最早修復など無意味だろう、
諦めて欠片を放置した。放置された欠片は風に煽られて更に細かく崩れていった。
最早壊れていても気にならなかった。はじめからこうであったと勝手に納得して、ずっとずっと放置し続けた。納得してから気分は楽で心地よかったが、ずっと寒くて氷みたいに冷えていた。
ずっとずっと、寒かった。



かさり、と物音がして緩慢と振り替える。
粉々になった欠片を、籠に拾っている人がいた。拾った欠片を頭を捻りながらうんうんとつなげて、不恰好に修復をしていた。いつの間にかいたその人の手にあった欠片の塊を引き剥がして、目の前で叩きつけて壊した。

勝手な事しないでよ、触らないでよ、入って来ないでよ、やめて、やめて、助けて、違う、やめて!


その人は止める事はしなかった。何度も何度も欠片を拾って、何度も何度も小さな塊を作っては籠に入れていった。

砕け散って破片ばかり散らばっていた空間が、その人の介入で少しずつ綺麗になって行く。その度に苦しくて、不快で、不満ばかり募っていったけれど、凍るような寒気は徐々に失せていっていた。それに気付いていた癖に、認めたくなくて目に入れるのを止めた。欠片の持ち主は否定ばかりしていた。


塊はやがて不恰好な心になった。あちこち包帯で補強してあって、今にも崩れそうな不安定な代物だったけれど、その人は何とか形になったと一息ついた。そして晴れやかに微笑んで、こう問いかけてきたのだ。

「どうだ、生きるってのもなかなか良いものだろ」





*****





武蔵は僕を死地から命をかけて救った。僕はもう生きるのも可哀想な人達を斬るのも足掻くのも何もかも疲れたと言うのに、武蔵は僕に生きろと言った。助けるのに理由はいらないなんて。そんなお人好しな事を言ってわざわざ徳川を裏切って僕を助けるなんて。本当に本当におかしな事ばかり言うんだ。前からそうなんだ、武蔵は。いつ会ったかは覚えていないけど、人を生かす剣とか言っていつもいつも僕との斬り合いを拒否して、僕の剣を否定して、苦しそうに顔を歪めて。
どうしてそんなに僕に構うんだろう。僕が武蔵を追いかけてるだけじゃない、本当に嫌ならば関わろうとしないよね。どうして僕を気にかけてくれるの?どうして僕を助けたの……。

「これからゆっくり知ればいい」

時間はたっぷりあるからな。そう言って武蔵は笑った。太陽みたいに晴れやかな笑顔はひどくあたたかかった。


壊れた欠片を拾い集めて、武蔵は僕を少しずつなおしていく。不恰好で包帯まみれのみっともない心だったけど、なんだか妙にいとおしくてあたたかくて、僕は無意識に柔らかく微笑んだ。


君の"温度"に絆されて、僕の氷は溶けていく。








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空想アリア様の、漢字2文字で100題より「温度」

イメージソングは島谷ひとみの「市場へ行こう」で




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