姜維と劉禅 まるで花でも慈しむかのように自分の名を呼ぶ声がすきだ。 なにひとつ見落とす事などないように、私の一挙一動に神経を研ぎ澄ますその瞳がすきだ。 そっと頬に触れる、その無骨な武人の手がすきだ。 つまるところ私は、彼に好意を寄せているのであった。 ***** 「そなたは本当に佳い男だな」 ため息を吐くように呟いて、常に遊ばせている茶色い髪に触れるとこんな幸せな事あっても良いのかと言わんばかりに彼は目を細めた。 劉禅様、と熱の籠もった声が聞こえる。 そのまま流れるように私の身体を包むと少し無遠慮に力を込められた。貧弱な骨が悲鳴を上げる。少し痛い。 そのような仕草をぼんやり眺めながら、まるで子供のようだと思った。 私は何処にもいかないのに、常に存在を確かめていないと不安で仕方がないらしい。 その度私を掻き抱いて、戯言のように「お慕い申しております」と呟くのだ。 いたたまれないなあ、と、少々酸欠気味の頭がぼやく。 姜維は私が返事をしないのを不安に思ったらしい。いつの間にやら私を掻き抱く腕は解かれて、何時も凛とした鶯色の瞳が揺れていた。 嫌いな訳ではないと、きちんと言葉を使って聞かせてやらねばならぬ。 何時もは聡明な彼の頭は、何故か私を前にすると霞がかかってしまうようなのだ。 「私もそなたを好いている」 「本当ですか?」 「何の利もなく嘘はつかぬよ」 「ああ、本当に、私は幸せ者です」 「そうか」 「私には、劉禅様しかいないのですから」 「どうだろうかなあ」 「劉禅様」 ぎゅ、と両の手を痛いくらいに握られる。私を見つめる鶯色は恐ろしいほど透き通っていた。 「お慕い申しております」 ああ、いたたまれない。仮面の下で私は顔を歪ませた。 姜維が私に執拗に依存するようになったはいつ頃からであったか。諸葛亮が存命だった頃は、そうでもなかったと思う。やる気と生気に満ち溢れた若者。そうだな。瞳だけはあの頃から変わってはいないなあ。怖いくらいに。 諸葛亮が逝き、この国が安定さを欠いたその時からだったか。異常とも呼べるほどの北伐を繰り返し、戦に明け暮れ、帰ってくれば赤ん坊のように私を掻き抱き、共に寝て、起きればまた軍議に鍛練に打ち込み、また夜になれば私を抱きに来る。 姜維の行動を許してもうずいぶんになる。日に日に彼の心の安定は私に依存していってると言うのに、私はそれを止める気にもならない。 違う、もう取り返しがつかぬのだ。 私は姜維がすきだ。透き通った瞳も、凛とした声も、思慮深い聡明な頭も、高らかな志だってすきだ。 だから束縛してしまったのだろう。私の強すぎる恋慕が、この好青年を縛り付けて壊してしまったのだ。 今更突き放して何になろう、もう姜維は、私に全てを奪われてしまったのだーーー 「劉禅様」 名を呼ばれ緩慢と振り向く。「姜維」と小さく呟くと、私を真っ直ぐ見ていた表情が綻んで壊れ物を扱うかのように頬に触れてくる。 そのままゆっくりと唇同士が触れ合う瞬間まで、透明に透き通った鴬色の瞳を見つめていた。 ああ、ああ。本当に佳い男なのだ。私のような檻に捕らわれてしまった、本当に可哀想な佳い男だ。 きっとその身を焦がして果てるその時まで私を見ているのだろう。悲しいくらい私を求め、そして倒れるのだ。ああ、悲劇でしかない。 暗愚な私にはもう、そなたの心を"束縛"した罪を背負う事しかできぬ。せめて最期まで見届けよう。その鴬色を。私しか映さぬその水晶玉を。最期まで。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 空想アリア様の、漢字2文字で100題より「束縛」 姜維→→←←←←劉禅様くらいのイメージ 無意識の内に独占欲に苛まれて苦しむ劉禅様、みたいな やっぱり姜維は何も知らない <<||>> |