武蔵と小次郎

ダン、と背中が固い板張りの床に叩き付けられる音がした。
ぼんやりと伏せていた瞳をあげると怒りに燃えた鋭い瞳とかち合う。口元は歯痒そうに噛み締められ、時折辛そうに震えていた。


「武蔵」


己を組伏せている者の名前を呼ぶ。
意識しない内に声は愛しさから甘くふんわりと溶けて消える。声色とは裏腹に眼光は射抜くように鋭かった。


「武蔵、痛いよ」


武蔵は組敷く身体を退けようとはしなかった。逆に段々と肩に置かれた腕に力が入って痛い。ミシ、と骨が悲鳴をあげる音が聞こえた。

小次郎は顔色を変えず異様に冷静な頭で考えていた。今に至る経緯、武蔵が己を組伏せた理由、武蔵のよくわからない頭のなか、肩の痛み、眼光の鋭さ、床の冷たさ、武蔵の瞳の色、雨が瓦を叩く音。そういえばこの後の天気は……。
何やら雑多な考え事に思考を占拠された辺りで小次郎はふと我に返る。どこかに痛みを感じていると思考が雑念に囚われてしまっていけない。みしみしと肩にかかる重みは深刻になってきている。痛い。


「……武蔵、どうせ殺されるなら斬られたいんだけど。どうしてこんな事しているの?」

「ねえ武蔵、前に言ったでしょ。勝者は敗者を切り刻むものなんだってば。まだ君は卑怯な弱者なの?武蔵ってば」

「武蔵、返事をしてよ」


武蔵は何も言わない。冷たい床に小次郎を押さえつけて、ただただ瞳を見つめている。
肩に掛かる重みは先ほどよりも強く、これ以上何も喋るなと圧力をかけられているような気がして小次郎は閉口した。ぱちぱちと瞬きを数回して、そうして気が付いた。



「武蔵…………泣いているの?」


武蔵が泣いている。天下無双と名高い剣豪の瞳から、透明な滴が雨のように小次郎に降りかかっていた。ぽたりと目元に落ちた滴は、そのまま頬を伝って床に沈んだ。

小次郎は泣くほどに悲しい事が何故武蔵に起きたのか分からなかった。あの凄惨な戦を経験してから心のどこかが粉々に壊れてしまって、何をやっても胸の内が空虚だった。故に小次郎は理解が出来ない。希望を持つ心が、著しく欠如してしまっていた。


そろそろと腕を伸ばして未だ泣き続ける武蔵の頬に触れる。あたたかい。武骨な頬も、溢れる涙も、あたたかかった。心の温度まで感じた気がして、触れる指先が微かに震えた。
不意に酷く胸が苦しくなった。悲しくて、どうしようもなくて、辛くて、何をしてやれば良いか分からず、消えてしまいたい衝動に駆られた。久しぶりの感覚に能面のようだった表情に亀裂が生じる。肩も心もどうしようもなく痛かった。





剣豪は未だ泣き止まない。なんだか自分まで泣きたくなって、くしゃりと眉間に皺を寄せたけど、やっぱり涙は出なかった。









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戦クロ3が辛すぎてほんと

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