ヘパイスとヘラ

「ヘラ、だいすきだよ」


ああ、今日も始まった


俺がこの世宇子中学で過ごす1日の中に、先程の言葉は何回耳に入ってきているのだろうか

5回……いやそんな生易しい回数ではない

数えるのも億劫なくらい、紫紺の髪の男―――ヘパイスからの告白は続いているのだった


「だから何だ」

先程の告白に対する返事がこれだ

はじめこそ妙に戸惑ったものだが、何度も言葉を重ねる内に対処の仕方が分かってきたのだろう

とにかく無愛想に興味なさげに話を流す、

これが告白魔ヘパイスの余分な愛を受け取らずに済む方法だった


「ヘラも僕のことすきでしょ?」

「どうだろうな」

「濁すってことは、すきなんだね」

「くどいぞヘパイス、」

「だって本当に嫌いなら、僕と会話しようとしないものね」


ああ、またやった

話が長ければ長いほど、俺の立場が悪くなると分かっていたのに

どんどん相手の都合が良いように話が流れて行ってしまう

この手のタイプの人間は苦手だった


「だいすきだよ、ヘラ」

俺は耳を塞ぎたくなった



翌日、告白魔ヘパイスは熱を出したとかなんかで学校を休んだ

朝の朝礼でそれを聞いて、俺は心の内でほくそ笑む

今日は1日、奴のくだらない告白を受けずに済むのだ

これ以上の幸せはないと思った


「………」


1限、2限

3限、4限



「……」

5、6、7限

部活

「……、」


朝の思惑通り、告白どころか奴の声すら耳に入らずに1日が終わった

朝の通りだったら、俺は今機嫌良く廊下を歩いているはずだ

でもそれは朝の話だ


俺は仏頂面だった

理由なんて初めから分かりきったことだ

ヘパイスがいない、


聞く度にうざったかった奴の声が1日聞こえないだけで、何故こんなに腹が立つのか

何故こんなに胸の内に穴が開いたような気分になるのか

ああ、苛々する


「おい、ヘパイス、いるんだろ
入るぞ」

気付いたら勝手に奴の部屋の前でノックをしていた

腹が立つのだ

文句のひとつでも言ってやらなければ気が済まなかった


別に、奴のことが心配だった訳では断じてない

下手な勘違いはしないでほしいものだ


返事が無くて余計腹が立ったので、勝手に部屋の中に入る

部屋は暗くて静かだった

「ヘパイス、寝ているのか?」

奥に置いてある簡素なベッドの中心がこんもりしている

俺はその真横まで歩いて布団の隙間を覗き込んだ


のがいけなかった


「っう、わ!」

突然視界が反転して、背中が柔らかいものに触れる

ぱちくりとまばたきをして上を向くと、嬉しそうな笑顔のヘパイスが見下ろしていた


「ってめえ、随分と元気そうじゃないか
一体全体どういうことだ」

「…っふふ、やっぱりヘラ、僕のことすきだった」

楽しそうな声が降りかかる

1日しか経っていないのに、妙に懐かしさと安堵感が込み上げて余計に腹が立つ

突拍子の無いこと突然言いのける始末だ


「仮病してやがったな、このサボリ野郎」

「僕はヘラの気持ちを確かめたかっただけだよ」

こいつ、わざと会話をずらしているんじゃないだろうな

気持ちを確かめたかったなんて、訳の分からないことを言ってやがる


「どういう、」

「今日、僕がいなくて寂しかったんでしょ?」

「は……」

「だからわざわざ僕の部屋まで訪ねに来てくれた、そうでしょ?」

自分の都合の良いように解釈されて余計に腹が立った俺は、早くこの体制と状況から逃れようと身をよじった

しかし、信じられないことに俺の身体は全く動かない

どこから力を出しているんだ?この男


「それは、貴様がいないと妙に腹が立ったから、文句を言いに……」

「ふふ、ヘラって結構ウブなんだね」

「は?」

おとなしくこの状態に甘んじていた俺に、この男はとんでもない言葉を浴びせてきた


「僕に恋しちゃってるんだよ、ヘラは」


恋?何をバカな!

女なら兎も角、この俺がこんな腹の立つ、しかも男に恋してるだなんて


「ついに頭がイカレたか」

「そうかもね、でもそれはキミも同じだと思うよ」


朝俺がやったようにほくそ笑んで、ヘパイスは俺に顔を近づける

腕を体重で拘束されていた俺は、抵抗も出来ずに目を見開くことしか出来なかった


「…!?」

唇に柔らかいものが触れて、途端に頭が真っ白になる

同時に足をじたばたして、考えたくないこの状況を打破しようともがいた


「っ…て、め…!!」

「あはは、ヘラ真っ赤」

「なっ…」

「たかがキス1つで慌てちゃうなんて、可愛いね」


カラカラと愉快に笑うヘパイスを後目に俺はとうとう堪忍袋の緒が切れる

ふざけるなと怒鳴り散らして依然笑顔の馬鹿の胸元を押し返したところでふと気がついた


もしかして俺は煽られているのではないか?


会話をすればするほど相手の都合の良い状況になると学習していたはずなのに、

ヘパイスは俺の性格をふまえてそれを活用している訳だ

くそ、完璧に奴の方が一枚上手じゃないか


「どうしたの?そんなに嫌だった?」

突然黙りこくったのを心配してか、俯いた俺の顔を覗き込むように近づける

今だ


「!」


さっき経験した柔らかい感触が唇に当てられる

長い時間は耐えられなかったので直ぐに近づけた顔を離して目を逸らした


俺はこの馬鹿に一泡吹かせてやりたかった

奴の思い通りに事が進むのが気にくわなかった

だから自分から動いただけだ

それだけなんだ


「……、何か言えよ」

ちら、と視線をやると呆けた表情で俺を見下ろすヘパイスがみえる

白けた雰囲気にだんだん恥ずかしくなってきて、頬が熱くなるのが分かった


「……ふふ」

あまりに気恥ずかしく若干涙目になっていたところに、笑い声が聞こえて影が濃くなる

身体にかかる圧迫感が強くなった

抱きしめられているのだろう


「…どけよ、馬鹿やろう」

「嬉しくってつい」

「勘違いすんな、好きだからやったんじゃなくて、ただ…」

「嫌悪感」

「?」


至近距離で奴の顔をみつめるのは初めてだ、当たり前だが

真顔でみつめられて、激しく戸惑う

奴のペースにはめられている事になど気付く筈がない


「キスした時、嫌悪感は抱かなかったの?」

「それは」

「ふふ、嫌だったら自分からなんてやらないよね」


己自身も納得出来るように口に出して整理しているかのような口振り

今までにも何度かあったな


「嬉しいな」


弾んだ声でつぶやいて、さっきよりも強く抱きしめられる


そうか、こいつ、



「意外と博打師なんだな」

そう言うとヘパイスは身体を起こして数回瞬きをする

言葉の意味が分かった途端に笑顔になって、1日振りにあの台詞を投げかけられた


「ヘラだいすき」

腹は立ったが、不思議と嫌だとは思わなかった




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
余裕ぶってるように見えて、実はヘパイスもかなりハラハラしながらヘラを口説いていました的な

お互い知らない事だらけ


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