アポロンとアルテミス



パチンと音を立てて、炎の中の薪が弾ける。

物置の奥でたまたま発見した暖炉に火をつけて、光と実弓はその熱の恩恵を貪っていた。

備え付けの暖炉だ。
中央には美しい女神のレリーフが象ってある。


「まさかこんな場所にこんなあったかいものがあったなんて」

毛布をみの虫のようにくるりと巻いて、光は歯を戦慄かせながら呟いた。

同じく毛布をぐるぐる巻きにして、仮面の無慈悲な冷たさに耐えながら実弓が頷く。


今日は特に冷え込んでいる。

暖房機具はもちろんあるが、炎の暖かさにはどれも勝てはしないだろう。


「物置の掃除当番になって正解だったぜ。」

「そうですね。」

「他のみんなには内緒な!」

外に皆がいたら煙突でバレてしまうのではないかと実弓はふと思ったが、口には出さずに軽く頷いた。

光はそれで満足だったようで、嬉々とした笑顔を浮かべて暖炉に向き直った。



暖炉の炎は先ほどと変わらずパチパチと存在を主張している。

実弓は口を開くことなく女神を見つめていた。

暖炉を包むように、そこに存在する女神。


「…知っていますか、アポロン。
古代ギリシアでは暖炉は家庭の中心であり、政治の中心であったそうですよ。」

静かに噤んでいた口を開いて、独り言のように呟いた。

さむい、さむいとごちていた緑のみの虫は、頭にクエスチョンマークを浮かべて実弓の方を向く。


「中心だったのか?」

「はい。
この暖炉に描かれている女性が、炉の女神様だそうです。」


女神は柔らかい微笑みを浮かべ、2人を見守っている。

実弓は表情こそ伺えないものの、俯いて黙する姿は女神のそれとはまるで反対だった。


「なくてはならない存在だったものも、時が経てば忘れ去られてしまう。」

「……皮肉な事です。」

それ以上は何も言わず、石の瞳はただ揺れる炎を見つめていた。

自分もいずれは塵となって世から消える、そう語るように。


「…俺も、その女神について知ってる事があるんだ。」

炎のはじける音を覆い隠すように、光が口を開いた。

今度は実弓が頭にクエスチョンマークを浮かべ、光の方を向く。


「この神様は神様一ののんびり屋なんだ。
そんな気の長ーい神様が、今まで埃かぶってたくらいで落ち込む訳ないだろ?
むしろ俺たちがピカピカにしてやって大喜びさ。」


「…だから、な? 大丈夫だって。」

様子を伺うようにちらちらと目を配っている。

自分を気遣ってくれているのは容易に理解できた。


「…ありがとう、アポロン…、」


「…では、私たちものんびりと炎にあたる事にしましょうか。」

ふ、と笑みを漏らして、実弓は再び毛布を巻き直す。

先ほどの憂いは、もう無かった。


「もうあたってるぜ、実弓!」

「ふふ、それもそうでしたね。」


他愛ない会話を交わし、先ほどよりも体制を崩して暖炉の前を陣取る。

女神は尚も、笑っていた。




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浪漫様に提出した小説。お題はヘスティア
ほのぼの


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