アレスとヘパイス

「ねえ、君」


声変わりを経ていない少年の声が、今まさに部室に入ろうとしていた赤褐色の髪の少年に向かって伸びた

赤褐色の少年……アレスは頭にクエスチョンマークを浮かべながら入り口の脇に身体をずらす


「…どうかされましたか」

「髪の毛。ぼさぼさだよ」


指摘され頭に手をやる

鮮やかな赤褐色に染まった髪は激しい運動に負けてぐちゃぐちゃになっていた

確かにこれではみすぼらしい


「…ご指摘ありがとうございます」

「あ、待って」

「何か」


そのまま部室に入ろうとしていたアレスの服の裾を、ぐいと引っ張って静止する

少年はウェーブのかかった紫紺の髪をなびかせて口を開いた


「髪。結んであげるよ」

「僕、結うの得意なんだ」




流されるように部室の端っこに座らされたアレスは何も文句を言う事もなくされるがままにされていた

後ろで機嫌の良さそうな鼻歌が耳をかすめる

しゅ、しゅ、とぼさぼさだった髪が梳かれる感覚が心地よい

「…すみません、先輩」

「先輩じゃない、僕はヘパイス」

「…じゃあ、ヘパイス先輩」

「ならよし!」

嬉しそうに白い歯を見せて笑ったヘパイスはアレスの髪を梳きながらカラカラと声を上げる


まだ世宇子中学にサッカー部の生徒が集められてから日にちが浅い

お互いの顔も朧気な状態だと言うのに、このヘパイスと言う男は


(どれだけ人なつこいんだ)

例えるなら、そう、女子生徒の集団の中心人物のようなイメージだ

アレスは頭を動かす事なくひとり思考を巡らせた


「君の髪はきれいだね」

しばらくして頭上からヘパイスの声が降りかかった

少し眠気をたたえていたアレスはハッとして目蓋を上げる

きれいだね、

予想外の言葉を耳にし戸惑いがちに口を開いた


「そんな事を言われたのは生まれて初めてです」

「そうなの?すごくきれいだと思うんだけど」

不思議そうに髪を掴んで、まじまじとそれを見つめる

今まで気にした事もないそれを見つめられる感覚は、なんというか、こそばゆい

アレスは少しだけ首をヘパイスの方に向けて、もういいと伝えようと口を開いた


「そうだ、良い事考えた」

不意に楽しそうな声で話しかけられ、こちらは口を噤まざるを得なくなる

徒に髪を緩くまとめたかと思うと、ヘパイスはそのまま前へと移動した


「……?
何がしたいんですか、ヘパイス先輩」

「ふふ、ちょっと待ってて」

いつの間に取り出したのか、少々太めのゴムでアレスの長い髪を段にして結んで行く

なかなかに奇抜な髪型だなと思ったが、深く考えてみればもっとすごい髪型をしたものはいたなと思い立ったので指摘はしなかった


「うん!やっぱりサイドテール、すごい似合ってるよ!」

サイドテール?


「……この髪型の事ですか」

「それ以外に何があるの」

「……」

「君にぴったりだよ、落ち着いているのに余念がない感じとか」

「!」


目を見開く

正解でしょ?と笑顔を強くしてヘパイスはアレスの顔を覗き込んだ


この、ヘパイスと言う男は

何も見ていないようで、全てを把握しているのだ


「……」

「何、気に入らない?
ほどこうか?」

先ほどとは変わって伺うような表情で覗き込むその目を少しだけみつめて、すぐに目を反らす

自分がほどく気など毛頭無い事も、実はとっくに気付いているのかもしれない


「……いえ、結構です」

後ろ髪のすっきりした長身をもたげて、アレスは立ち上がった

改めて小柄な紫紺を見下ろすように見つめる


「ありがとうございました」

そのままの流れで軽くお辞儀をして、アレスはその場を辞した

後ろでヘパイスが「ぼさぼさになったらまた結ってあげるね」と囁いたのを聞き逃さずに、首だけ振り向いて頷き、再び背を向け歩き出す


ぼさぼさだった髪の毛の先に軽く触れて、アレスは口元を緩めたのだった



「……へえ、その髪型はヘパイスが結んでくれたんだ」

「ああ」

「今でもその髪型にしてるのは、ヘパイスの事がすきだからかい?」

「イメージが定着しているのと、髪が固定されていて楽だからだ」

「本当はすきだからなんだろう?」

「それはお前が勘違いしているだけだ」

「嘘だね、口元が緩んでいるよアレス」

「……。すきに解釈しろ…」




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アレスのあの髪型がヘパイス仕込みだったらたぎるなと思ったのです

最後の会話の相手は照美さん

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