▽佐+不
「あ、」
そう不動が声を漏らした瞬間、暗い緑色をした目から一筋の涙が零れるのを俺は見た。
あまりにも突然のことで俺は口をポカリと開けたまま不動の頬を伝う涙の粒を凝視する。
お互い何ともなしに部屋でゴロゴロしていて時々暇だな、とか呟きあってた時のことだったから、なぜ不動が泣いているのか全く検討がつかない。
尋ねようにも不動本人も原因は分からないようで、首を傾げながら次々と溢れてくる涙を手でゴシゴシと拭っていた。
「止まんねぇの、それ……」
一向に止まりそうにないそれを拭い続ける不動に声をかける。止まらない、呟やくようにそう答えた不動の声は僅かに潤んでいて、なぜか俺の胸をモヤモヤとしたもので曇らせた。
ポロポロと零れる涙の粒はしだいに増していき、拭いきれなかった水滴は不動の頬から顎を伝って絨毯の沁みになって消えていった。
俯いて小さくなって震える肩に目をやる。
今、この場にいるのが鬼道さんや源田だったらどうするのだろう。自分の一番尊敬してる人とチームメイトの顔が浮かんだ。
鬼道さんならあの力強い声で泣くな、と言ってこいつの肩を優しく抱いてやるんだろうな。源田は……きっとあいつのことだから一緒に泣いてやるのかもしれない。
小さな肩に置こうと手を伸ばすが、その手は途中で止まって元の位置に戻りそのまま動かなくなってしまう。
きゅっと拳を握り締める。
俺は鬼道さんみたいにこいつを理解してやることもできないし、源田のように優しくもお人好しでもなかった。
部屋には涙を拭う音と、押し殺し損ね時々漏れる嗚咽だけが聞こえる。
未だ床に張り付いたままで、壊れた玩具のように開いたり閉じたりを繰り返す俺の手は、いつになったら胸のモヤモヤを消してくれるのだろうか。
101003