2 「どっちか貸してやろうか?」 「そんな事を言わずに、両方っていう選択肢は?」 「ねェよ。」 そんな私のかなり厚かましい言葉に、“お前、耳当てあんじゃん。”と痛い所を指摘され“うっ”と言葉に詰まった。しかし私の視線はその間、一人で巻くにしては丈の余りそうなマフラーに釘付けだった。その視線に気づいた坂田さんは、またニヤニヤと憎たらしい顔をし余ったマフラーをこれみよがしに見せ付け言う。 「早くしてくんねェと、銀さん寒ィんだけどォ。あっ、何。二人でマフラー巻きたいなァとか思っちゃった?そういう新しい選択肢なら大大大歓迎だけど。」 「…却下。手袋を貸して下さい。」 私のその返答が気に食わなかったのか、坂田さんはスネてしまった。 「おーおー。そんな可愛くない事言う子には、片方しか貸しませェーん!」 坂田さんの軽い掛け声で飛んできた毛糸の塊を受け取り、もう冷たくなってしまった左手にはめる。ちゃんちゃんこの中にあったせいか、少し暖かかった。その暖かさが、冷たい手をじんじんと暖めてくれる。左手とうって変わって右手はと言うと、さつま芋が入った重たいビニール袋の持つ部分が細くなり右手の指を締め付け冷たくなっていた。 坂田さんも、さっさとマフラーをぐるぐる巻いて右手の手袋をはめた。さつま芋が入った重たいビニール袋を、手袋をはめた左手に持たせた。張らなくてもいい変な意地のせいで、寒い右手を開いて閉じるを繰り返す。 嗚呼、右手が寒い。 坂田さんは、私の少し前を先に歩きながら“焼き芋、焼き芋!”と嬉しそう口ずさんでいる。私にお構いなしにスタスタと先を歩いていた坂田さんが、足を止めて私の方に振り返った。 「何してんだよ。お前ェが早く帰んねェと焼き芋が食えないだろーが。」 この男は、本当に糖分を取る事しか頭にないのだと思った。坂田さんが新八くんに頼まれてさつま芋を買ってくるはずだったのに、何なんだ一体。だったら坂田さんがこれを持って早く万事屋に帰れば良いじゃないか。でも、一人で帰るにはとても寂し過ぎた。私は、坂田さんの言葉をさらっと流す為に少しなげやりに返事をした。 「はいはい。」 「“はい”は一回な。」 「じゃあ、へいへいで。」 「ぁあ?どーしてお前はそんなに捻くれてんのかなァ!銀さんは、寒い寒いと言う娘さんの為に身を削ってェ?手袋貸したのにィ?」 「…すみませんね。」 「あーあ、左手が寒ィなァー。誰かさんに手袋貸したせいで。」 あまりにも坂田さんがネチネチと私に言うので、手袋を坂田さんに投げつけ返す為に左手にはめた手袋を脱ごうとした。その直前、私の冷え切った右手に骨ばった冷たい左手が絡まった。その行動にも驚きなのに、そのまま流れるようにそのままポッケにインした。 坂田さんのちゃんちゃんこの、ポッケにイン。 いつもいつも飴やらチョコが入っているポッケに、イン。 冷たい風に当たらないせいか、だんだんと上昇していく私の右手。坂田さんの左手も同じく、暖かい。 「さァ、帰ェって焼き芋にすんぞー。」 そう言って坂田さんは、私の右手をポッケに入れたまま引っ張っていく。引っ張る事によって。私と坂田さんの距離がぐっと縮まる。それは、マフラーを選択した場合と変わらない距離。 私の心臓が、ドクンと跳ねた。 しかし、手汗の心配がある分こっちの方がよろしくないかもしれない。マフラーもマフラーで色々危ないかもしれないが…。 選択肢は二つに見えて、実のところは一つ―――… 坂田さんの隣をゼロ距離で歩く私。私の心臓はずっと、坂田さんに聞こえるのではないかというくらいドキドキと動いていた。相変わらず、坂田さんは何も言わず私の右手をポケットに入れたままだ。しかし、そろそろ手汗が気になってしまうのは仕方がないと思う。坂田さんは、私の手汗どう思ってるんだろう…。 そんなくだらないことを考えながらひたすら歩いていると、神楽ちゃんと新八の声が聞こえた。焚き火で照らされた万事屋の看板が見える頃には、心配した通りすっかり手がベタベタになっていた。 |