泣かないで。




俺はここの川の主、サカノダエギントキヌシ。神様みてーな名前だろ?だって俺、神様なんだもん。


けど、俺はまだ人間でいうと青年になれるかどうかの少年だ。これは、川の大きさも現しているが俺の気持ちも現している、らしい。納得できないけどな。
そりゃー、他の老い耄れジジイやババアに比べりゃあまだまだなのは分かってるけど。
それでも、青年ぐらいにはなりたいものだ。そしたら、アイツの前に表れて遊んでやるのにな。
こんなちっぽけな水遊びじゃなくてさ。


アイツは、5年前に俺の目の前に現れたんだ。川の水面に近づけたと思ったら、音を立てながら俺の中に入ってきたのだ。いつもの俺なら、おもいっきり顔をしかめながら嫌な異物だと判断して力任せに流した。
しかし、コイツはなぜか嫌な異物だとは思わなかった。スッと自分の中に入ってきた感じだった。別にあのまま放置したって良かった。それは、世の理に沿っただけだから。だけど、俺は何を突然思いたったのかコイツを助けたのだ。
げほげほと、己の中に入った水を出す声が聴こえる。無事コイツは助かった様だ。しかし、コイツは泣き叫びながら俺に向かって言ったのさ。



「私は、川に嫌われているの?何で、…何で私を死なせてくれないのっ。」



違う、違うよ。
お前は川に愛されているんだ。だから、助けたんだ。俺だけじゃない、他の川の主はお前が好きなんだ。

だから、泣くなよ…。



俺は右手をフッと横にずらして、水面からぽちゃんと揺らしてみた。すると、アイツは気づいたらしく俺に泣き顔を見せた。
ぽちゃんと、俺の中に一粒の涙が落ちてきた。その中から、流れ込む様に声が聴こえてくる。



泣くでない、泣くでない。
この子は死なせてはならないよ。
泣くでない、泣くでない。
淋しくなった時は聴き手相手になろう。
良い子だから泣くでない。
川の神々に愛された子よ。


様々な川の主の伝言が、コイツの一粒の涙から語られてきた。


嗚呼、なんて心地が良いんだろうか。
また俺は、水面をぽちゃんとさせた。今度は、額に向けてぽちゃんとさせた。見事命中したが、彼女は穴が空く程俺を見ていた。
悪戯が過ぎたのだろうか…、俺はちょっと後悔してきた。すると、俺の心配を余所にクスクスと笑い始めたのだ。
今度は俺がコイツを、穴が空く程見つめ返す。まだ笑っている。



「川さん…。また来ても良いかなぁ?」



ひたすらクスクスと笑った後、弱々しい声で呼んだ。

“川さん”だって。

まぁ、今日の所は勘弁してやらァ。だから、いつだって来いよ。今の俺には、これしかできないんだからさ…。

そして俺は、その返事をちゃぽんと水音を立てたのだ。


それからだった。
俺の所に来ては、泣く事もしばしばあったが楽しそうに俺に話してくれた。

名は亜由美。

俺の事は、つい最近発見したのか俺の名前が入った看板を見てから呼ばれる様になった。



「川さん!貴方、“銀時川”って言うのね!もう名前分かったから、これから“銀さん”って呼ぶ!良いでしょ?」

ちゃぽん…

「ありがとう、銀さん!」



返事はイエスだ。
俺たちの会話は、他から見ると大層不思議な光景にしか映らないだろう。
それでも、俺も亜由美もそれで満足しているのだから問題ないのだ。



月日が経ち、俺の人間の時以上の姿に成長した。ざっと、二十歳近くだろうか。

今の俺では、亜由美に追い付く事が出来ない。真の姿に会うのも亜由美なら俺は構わないのだが、亜由美はこれでも人間なのだ。
人間は、こういう妖は恐れ忌み嫌うのだ。亜由美がそうでないかなんて、亜由美に聞かないと分からない。だから、真の姿になんか容易く出来ない訳で。
今の今まで、ずっと物足りなさを感じていたのだ。自分で言うのもなんだけど、ぽちゃんだぜ?ぽちゃん。

俺が珍しく頭を悩ませているのに、俺の前では暢気な声を出すいつもの声が遠くから聴こえてくる。



「銀さーん!ねぇ、聞いてよ!!」



今日も泣いてない。笑顔だ。

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