ちびっこ保護される




夕方――…

結局あゆみは万事屋へは辿り着けなかった。しかし、あゆみは歩く足を止めなかった。普段長く歩かないあゆみは、足の裏にいくつか豆が出来ていた。歩く度に、チクチクと小さな痛みがあゆみを襲う。

涙は枯れ果て、足以外はボロボロではないのに肉体も精神もボロボロになっていた。



とん…



あまり前を見ていなかったあゆみは、誰かにぶつかった。その反動で足元がよろよろと動き、少し後ろに下がった。
早く謝ろうと顔を上げるあゆみ。あゆみの両目に映ったのは、真っ黒の軍服を着た男の人だった。背丈は銀時と同じぐらいで、煙草を吸っていた。



「あ?」



ギロッとこちらを振り向いたその男を見たあゆみは、恐怖に襲われ枯れた涙がまた溢れ出した。足が竦み逃げる事は出来ない。しかし、その後ろからひょこっと顔を出した男がいた。同じく真っ黒の軍服に身を包んでいるが、髪は亜麻色でまだ若かった。



「あーあ、こんなに泣いてどうしたんでさァ。土方の野郎に何かされたかィ?」

「オイ、俺は関係ねェよ。餓鬼が勝手にぶつかって勝手に泣いてんだよ。」

「そーですかィ。てっきり土方さんの瞳孔が開きぎみの顔で脅かしたのかと。」

「総悟ォオオ!!」

「うわっ、おっかねェや土方さん。……ほぉーら、泣いてないでさっさとかぁーちゃんの所に行きなせェ。」



とあゆみに向き直り、もうじき暗くなるので家へ帰れと急かす。
しかし、あゆみには両親がいない。だが、あゆみはふと銀時の顔が頭に思い浮かび、伝えようと銀時の名前を言おうとした。



「ぎん……っ。」

「ぎ?」



銀時の名前を言おうとしたが、自分の親は銀時ではない。それがストッパーになってしまい、言えずに終わった。その代わり、親はいないと言った。その時のあゆみの顔は、悲しみの顔で一杯だった。

そんなあゆみを見た二人は、お互いにどうしたものかと肩を竦めた。



「取り敢えず、……一応保護しとくか。」

「近藤さんに見つかったら厄介ですがねィ。」

「何が厄介なんだ、総悟。トシ。」

「あ。」

「げっ。近藤さん…。」


屯所の入り口で背を預けている(一応カッコ良い)格好で、真撰組局長の近藤が先程のやり取りを聴いていたようだ。土方と沖田は、驚きと嫌そうな顔をした。そしてまた二人は肩を竦めた。



「話は聴いた。この子を屯所で預かろうではないか!」



キラーンと効果音が付きそうなくらいに前歯が煌き、あゆみの事を保護しようではないかと言った。カッコ良く決めていた近藤だが、三人には通用しなかった。しかし、土方と沖田は観念した様に言う。



「近藤さん直々に言われちゃー、俺は従うだけでさァ。」

「そうぐォオオ!」

「まったくだ。近藤さんには敵わねェ。」

「トスィイイ!」



二人の言葉に感動した近藤をあしらう土方。沖田は、この状況を分かっていないあゆみを屯所の中へと連れて行く。あゆみは、涙ですっかりぐちゃぐちゃになってしまった顔を上げ沖田を見た。あゆみの視線に気付いた沖田が、あゆみの手を握りながら言う。



「安心しなせェ。近藤さんの許しが出たからには、ここがあんたの家でさァ。」

「ふぇっ…?」



沖田の説明が分からずに、こてんと首を傾げた。



(きゅん。)



それを直視した沖田は心臓が動いた。かすかに顔も赤い。沖田は早速、あゆみの虜になり始めていた。



「はぁ……、ここはいつから保護所になったんだろーな。」



それは、紫煙が夜空に混ざった時だった。

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