飲酒




「……。」



ある日坂田さんは、ベロベロに酔い潰れた状態で夜中に一人で帰ってきた。よくもまぁ一人で帰ってきたと思ったが、坂田さんが小さい声で「吐きそう…。」と言った瞬間には、私は厠まで連れていったのだった。


吐き気が収まったのか、頭を抱えながらソファーにゆっくりと腰を下ろし横になった。頭に響かない様に、私は静かに聞いた。



「…水いります?」



聞くと、「お願い…。」とまた小さな声で言った。そして直ぐ、寝息が聴こえた。
どんだけ飲んだのよ、お酒。



「坂田さん、水持ってきましたよ。」



眠っている坂田さんを、優しく揺すりながら起こす。しばらくすると、閉じていた瞼が、ゆっくりと赤い瞳を覗かせた。私に気づいたのか、あーだのうーだの言いながら頭を手で抑えながら、ゆっくり体を起こした。そして、私は温めの水を入れたコップを坂田さんに渡した。



「……坂田さん?」

「……。」



坂田さんは、コップを受け取ろうとしなかった。ぼーっと、私の手にあるコップを眺めている。もしかして、水ではなくいちご牛乳ですか。いちご牛乳が良いなら、そう言ってくれればいいのになぁ。
間違えちゃったじゃない。



「すみません、いちご牛乳が良かったんですね。入れ直してきますから、少し待っていて下さい。」



入れ直す為に、私はコップと共に台所に行こうと立ち上がった。しかし、私の体は中腰のまま動く事は出来なかった。私をこれ以上動かさない原因を見ると、私の右腕をガシッとしっかり掴んでいる坂田さんだった。私は、驚いた。そして、私の顔は熱を持つ。



「坂田さ、ん、放して、くだっ「放さない。」…っえ。」



真剣な眼差しで私を見る。いつもは、死んだ魚の眼なのに対して今はキリッとしている。一体どうしたんですか、坂田さん。



「銀さんもしくは銀ちゃんって呼ばない限り、絶対放さない。」

「…っ!」



坂田さんは酔ってぱらっているのか、突然そんな事を言い出した。そんな事、とっくに諦めてくれていたと思っていたのに。
私は、坂田さんの事をそんな風に呼ばない。それには理由がある。まず年上だし、誰も呼んでいないから。坂田さんには、他人行儀で嫌いかもしれないけれど…。私は貴方が好きだから、誰も呼ばない呼び方で貴方を呼びたいの。

それなのに、貴方は皆と同じにしたいのね…。

だから私は、聞かないフリをした。聞いていないフリをした。
それは全て私の意地。



「お酒は飲んでも呑まれぬな、ですよ。」

「酒には呑まれちゃいねぇが、亜由美にはとっくの昔に呑まれちまってる。」

「っ!!」

「だから、頼む…呼んでくれないか?」



そう言って抱き寄せられた。
私は腕に力が抜け、手に持っていたコップが床に落ちた。頭では早く拭かなきゃと考えているが、坂田さんがそうはさせまいと更に強く抱きしめた。

そんな臭い台詞を言って、私に一生の頼みみたいな事を言ったり…。今日の坂田さんは、お酒のせいでやっぱりおかしいんだ。やっぱり、簡単にお酒に呑まれちゃっているじゃない。それなのに、私もおかしいのだろうか。



「……ぎん、さ…ん。」



惚れた弱みだ。

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