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▼ 元人気者×元健気4

リクエスト


昔から、いつも美希ちゃんが僕を引っ張ってくれていた。

美希ちゃんと僕は家が隣同士で、僕が生まれた時から既に美希ちゃんがそばにいた。
僕も美希ちゃんもお互い一人っ子同士で、自然と僕は2歳年上の美希ちゃんのことを姉のように思っていたし、美希ちゃんの方も僕のことを弟のように思ってくれていた。

臆病で泣き虫な僕とは違い、美希ちゃんは同年代の男の子達よりも腕っ節が強く、僕の自慢だった。
時には厳しく、時には優しく、いつも先頭を切って歩いていく美希ちゃんはとってもカッコ良く、大好きなお姉ちゃんだった。
年を重ねてもその思いは変わらず、何かあるたびに僕は美希ちゃんに話を聞いてもらっていた。

だけど男子高校に入って柳瀬川くんを好きになったことは、さすがに美希ちゃんには言えなかった。
もし僕の気持ちがバレて美希ちゃんに軽蔑されたら、多分僕は生きていけない。
だから必死に隠していたが、勘の鋭い美希ちゃんに隠し通せるはずがなく、「透(とおる)、何か隠してるでしょ?」と直ぐに僕の様子がおかしいことに美希ちゃんは気付いた。
最初は口を閉じて、絶対話さないと決めていた僕だったが、美希ちゃんの無言の圧力に降参し、結局包み隠さず柳瀬川くんのことを打ち明けてしまった。
『男が男を好きなんて軽蔑される……』と僕は覚悟していたが、美希ちゃんは軽蔑するどころか、『好きなら諦めずに頑張りなさい』と僕の背中を押してくれた。

美希ちゃんは恋愛に対してもスパルタで、毎日怒られていたが、すごく楽しかった。
自分の好きだという気持ちを隠さず伝えられて、それを聞いてくれる人がいる。
それだけで僕は満足だった。
だから本当は柳瀬川くんに告白するつもりはなかったが、美希ちゃんが「駄目元でもいいの。透の気持ちをちゃんと柳瀬川くんに伝えなさい」と説得してくれたから、僕は柳瀬川くんに告白することが出来た。
結果はこっぴどくフラれたが、美希ちゃんはそれを見越して、暗い顔をして帰ってきた僕に、
「あんな男忘れろ、私が責任取ってあげるから」と言ってくれた。
男らしく、カッコ良く、頼りになる姉に思わず笑ってしまった。


美希ちゃんと恋人にはなったが、色っぽいことはなかった。
お互い家族愛だったし、美希ちゃんの目的が失恋で落ち込む僕を慰めるものだとわかっていたから、前よりも一緒にいる時間が長くなっただけで、他は何も変わらなかった。

だけど僕が高校を卒業した数日後、突然美希ちゃんの家に呼ばれた。
そして明るい表情と声色で「私の余命あと2年なんだって」と言われた。
頭が真っ白になり、言葉の意味を理解できなかった。
「ずっと一緒に居てあげれなくてごめんね、透」と美希ちゃんに謝られ、真っ白な頭で、ああ現実なんだと僕は受け入れた。

膝の上に置いていた拳を強く握りしめ、必死で泣くのを堪えようとしたが無理だった。
そんな僕の背中を美希ちゃんは優しく撫で、「それで透にお願いがあるの。……透の精子、私に提供してくれない?」と。
驚いて顔を上げた僕に美希ちゃんは「最初で最後のお願い」と笑った。

美希ちゃんのお願いは子どもがほしいということだった。
自分が生きていた証をこの世へ残したいと願う美希ちゃんに、僕は涙を拭って強く頷いた。




医者の宣告では余命は2年だったが、美希ちゃんは倍の4年も生きた。

結局美希ちゃんは最後まで僕に涙を見せなかった。

僕に余命があと2年だと言った時も、美知を妊娠して産んだ時も、死ぬ時も、美希ちゃんはいつも笑顔だった。
だから美希ちゃんが泣かない代わりに僕がたくさん泣いた。
そして泣くたびに美希ちゃんに「ありがとう。でも男の子でしょ、泣かないの」と小さい時から言われてるその言葉を言われた。


美希ちゃんが死んだ日、僕はみっともなく泣いた。
今まで僕は色んなことを美希ちゃんにしてもらってきたが、一体僕はどれぐらい美希ちゃんに返せたのか……
美希ちゃんと別れたくなくて、冷たくなっている美希ちゃんの手をずっと離せず泣いていると、不意に服の裾を引っ張られた。
ゆっくりと引っ張られた方を見てみると、指を咥え、不思議そうな顔をしている美知がいた。

美希ちゃんの死を理解していない美知に、僕は少しずつ正気を取り戻した。

美知にはもう僕しか居ないんだ、僕がこの子を守らなきゃいけないんだ……

涙はピタリと止まり、僕は美知に笑顔を向けた。

「美知には悲しい思いをさせちゃうかもしれないけど、パパが頑張るから」
僕はこれから、美知のためだけに生きよう。

その日から僕は、もう泣くのをやめた。









最後に柳瀬川くんに会ってから、もう1ヶ月も経つ。
その間1回も柳瀬川くんの名前を出そうとしない僕をおかしいと気付きながらも、美知は何も聞いてこなかった。

柳瀬川くんからの告白は衝撃的だった。
柳瀬川くんがゲイだったこと、
僕の告白が嬉しかったということ、
だけど気の迷いで僕の可能性を失わせるのが怖かったということ、
突然のことに驚いて、僕は柳瀬川くんに何も言えなかった。

だけど家に帰って冷静になった時、柳瀬川くんに好かれてたことや、僕のことをずっと考えててくれたことを素直に嬉しいと思った。
だけど僕はどうすればいいのかわからなかった。

柳瀬川くんを追い掛けたい気持ちはある。
だけど僕には美知がいる。
美知のことを思うと僕は柳瀬川くんを追い掛けることは出来ないし、だからと言って友達でいることも無理だった。
だから僕は全部なかったことにして、どんなことよりも美知を優先しようと決めた。

柳瀬川くんが来なくなって美知は目に見えて落ち込んでいるが、しばらくすれば柳瀬川くんが来ないことが当たり前になるだろう。
だから今は僕が目一杯そばにいて、美知の悲しい気持ちを消してあげればいい。




「アイスクリーム美味しいね」
「うん!ねぇねぇ次は何に乗る?」
「じゃあ次は観覧車に乗ろうか」
少しでも美知が楽しめるようにと色々考えて、水族館や動物園、遊園地と、休みのたびに色んな所へ遊びに出掛けた。
遊んでる間は美知の顔に暗い表情が現れることもなく、僕も心の底から楽しんだ。




「ねぇパパ…悠お兄ちゃんはいつ来るの?」
遊園地からの帰り道、とうとう聞かれたその質問に、僕は出来るだけ笑顔を浮かべた。

「悠お兄ちゃんは今仕事が忙しくて来れないだけで、それが終わったらまた直ぐに来れるよ」
「直ぐっていつ?明日?」
「それは……僕にもわからないや。でもいつか、また来てくれるから」
事前に考えていた言葉を言うが、美知は中々納得してくれなかった。
僕の言い方が変だったのかと付け加えて何か言おうとしたが、美知がそれを遮った。

「美知はもうパパの悲しんでる顔、見たくないよ」
「……え?」
「美知も悲しいけど、美知よりパパの方が悠お兄ちゃんが来なくなって悲しんでるよね」
何を言ってるんだ。悲しんでるのは美知だろと思ったが、その言葉に僕の頬に何かが伝った。
触ってみるとそれは涙で、次から次へとポロポロと出てきた。

「パパが嬉しいとね、美知も嬉しいの。だから早く悠お兄ちゃんと仲直りしてきてほしい」
「美知……」
「わかった?……もうパパってば、男の子でしょ、泣かないの」
僕の涙を拭う美知に、僕は美希ちゃんが美知を産んで直ぐに言った言葉を思い出した。
『確かに私は子どもが欲しかったけど、それ以上に透を1人にはさせたくなかったの。透ってば私が居なきゃ何も出来ないんだから、私が居なくなった時のこと考えたら凄く心配だったのよ。
でもこれからは美知がいてくれるから安心ね。最後まで弟のことを考えてるなんて、私って良いお姉ちゃんでしょ?』
本当に美希ちゃんは良いお姉ちゃんだ。
美希ちゃんが僕へと授けてくれた美知が、また昔の美希ちゃんみたいに僕の背中を押してくれた。







補足

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