短編2 | ナノ


▼ 可愛い×平凡5

リクエスト


目覚まし時計をセットしていたが、鳴る前に目が覚めてしまった。
時間を確認するがまだまだ予定の時間までたっぷりとあり、居ても立っても居られず自分と両親の分の朝食を作り上げてしまう。
食パンに目玉焼きにヨーグルトと簡単なものにしてしまったせいでまだやはり出るには早過ぎる。
どうせならとシャワーを浴び、昨日の夜必死に考えたコーデを再び姿見の前で合わせた。

2週間に買ったブラックのジャケットは友人には『似合わねぇ……』と笑われたが、少しでも自分を良く見せたくて、その時は千明ちゃんと話せたこともなかったのに、『千明ちゃんと遊ぶまでにはこれが似合う男になる』と願掛けをして買ったもの。
まさかこんなに早くデート出来るとは思っておらず、まだ似合わないかもしれないが、どうしてもこれを着て行きたかった。

「……母さん、これどう?」
「いいと思うけど、まさかこれから千明ちゃんとデート?」
「まぁね」
姿見に写る自分の顔が『千明ちゃん』という単語を聞いた瞬間ニヤけた。
これから千明ちゃんとデートだなんて、夢のようだ。









「おはよう、千明ちゃん」
「……おはよう」

10時ピッタリに『ピンポーン』と家のチャイムが鳴り、開くとそこには私服姿の謙くんが立って居た。

昨日の余韻が残ってるせいか、謙くんの周りがキラキラと輝いて見え、カッコ良い上にいい匂いまでする。
しかもジャケットなんて大人っぽい格好も凄く似合っており、パーカーな自分が恥ずかしい。
こんなカッコいい謙くんと今日1日隣で歩くなんて恐縮してしまうが、あの謙くんを独り占め出来ることにどうやっても嬉しさを隠せない。

「これからどこ行くの?」
「行き先は着いてからのお楽しみ」
歩き出した謙くんはさりげなく道路側を歩き、俺からの問いに意味ありげに笑った。
その顔は悪巧みを企む子どものようで俺までワクワクして来た。



「昨日の謙くん本当にカッコ良かったから、多分明日から女子に告白されまくりだろうね」

詳しい場所は教えてくれなかったが、電車で大体1時間だと言われた。
まだまだ長いならと電車に乗り込み、空いている席に隣同士で座った。
座った瞬間謙くんとの密着度がゼロになり、身体の左側に熱を感じる。
『謙くんが隣にいる』とそう思った瞬間何故か体が火照り、無言でいられなくなり出た言葉は昨日の謙くんについてだった。

「女子には弟のように思われてるからどうかな」とはにかむ姿は確かに可愛いし庇護欲を掻き立てられるが、謙くんのカッコ良さを知っているからかどの表情も俺には可愛いさよりもカッコ良さの方が際立ってしまう。




今までのこの数年の空白が嘘のように、謙くんとの話は止まらなかった。
俺が引っ越してからの話、幼稚園の時の友達の話、話し掛けたかったけど掛けられなかった話
そして謙くんが千明ちゃんのことが好きだった話

千明ちゃんである俺を前にして、謙くんは『男の子だってわかってたけど、千明ちゃんはスゴく可愛くて大好きで仕方なかった。小さいながらも結婚のことも本気で考えてた』と恥ずかし気もなく語るから、こっちが恥ずかしくてたまらなくなる。
そしてふと今は俺のことどう思っているのかと気になってしまった。
体育祭で渡された『好きな物(人)』という紙、友達としての好きだと受け取ったがもしかして……と考えたと同時に「着いたよ」と手を引かれた。
謙くんの手が俺の手と……
繋がれた手を凝視しつつも足を動かした。

見たこともない駅だったが改札口を抜けてからここがどこだかわかった。
ここは昔、幼稚園の時の遠足で行った水族館の最寄駅だ……

たまたま謙くんと俺のパートナーが休みになり、一緒に回った水族館。
電車から降りる時は繋がれた手が気になったが、全く変わらない水族館の外観が懐かしく感動し、興奮から繋がれた手をブンブンと振った。

「ここ!あの時の水族館!謙くんと一緒に回った!」
「2人でここに来たいなって思ってたんだ」
早速チケットを買いに受付に行ったが、俺がお金を出す前に謙くんが払ってしまった。

「自分の分は自分で払うよ!」
「今日は俺のワガママで来てもらったんだから、これぐらいはさせて」



水族館を見た瞬間幼少期を思い出し、昔の女の子だと思ってた頃の自分が蘇ってくる。
優しく頼りになってカッコいい謙くんのことが俺は本気で大好きで、急遽パートナーだと決まりスゴくドキドキした。
謙くんと手を繋ぐのも、一緒に回るのも、嬉しかったがすごく緊張した。
だけどそんな緊張している俺に謙くんはたくさん話し掛けてくれた。
どの話も面白くて自然と俺は笑顔になり、『やっぱり謙くんが好きだな』と思った。
そんな気持ちが蘇ってしまい、繋がれた手を俺は離せなくなってしまった。


館内は暗くなっており、その代わり水槽が明るく、水の青がとても綺麗に見えた。
空を飛ぶように水の中で自由自在に泳ぐ魚。
岩の上をペタペタと歩くペンギン。
ふよふよと漂うクラゲ。
久しぶりの水族館はどれもこれも新鮮で面白い。

「謙くん、見て見て!この魚、目がクリクリしてて可愛いね」
「うん。……すごく可愛い」
どこか甘さを含む声に隣を見ると、思っていたよりも謙くんが近い距離におり、そんな状態でパチリと目が合ったのでビックリする。
驚いた表情をする俺を謙くんが不思議そうに見つめるので思わず俯いてしまった。
謙くんは友達なのに、昔の気持ちが蘇っているせいか、目が合っただけなのにドキドキする。
大好きだという気持ちが抑えられない。

「っあ……そろそろイルカのショーがはじまるみたい……」
どうにか話題を逸らしたくてあと5分で始まるというイルカのショーを見るために歩き出した。
席に着いたと同時にイルカのショーは始まり間に合ったが、中々ショーに集中できない。
でもそれは最初だけでアシカやイルカの芸を見ているうちに夢中になり、気付けばずっと繋がれていた手が、終わる頃には離れてしまっていた。



水族館の中のカフェでご飯をしたが、そこでも謙くんが先にお金を払ってしまった。
さすがにそれは怒ると『じゃあまた今度遊びに行った時奢ってよ』と自然な流れで次の約束を交わした。

最後にお土産コーナーにも寄るが、完全に乙女モードな俺はどうしても今日の思い出として謙くんとお揃いのものが欲しくて悩んだ。
謙くんのことだからお揃いは嫌がらないと思うが、迷惑に思われないかなどを考えてしまい、目星は付けたのに結局買うことができなかった。

帰り道そのことがずっと引っかかっていた。
謙くんとお揃いにしなくても、自分の思い出として買っておけばよかったかなと後悔する。
だけど物が無くても謙くんと遊びに行けたことを覚えておけばいいかとそう思った。

「千明ちゃん、今日の思い出としてもらってくれる?」
突然そう言われて何かと思い謙くんを見ると、お土産コーナーでずっと買おうかどうか悩んでいたキーホルダーを謙くんから渡された。

「これずっと見てたから欲しいのかなって。違った?」
「……違くない」
どうやら謙くんは同じものを2つ買ったらしく、1つを俺にくれた。
その行動のカッコ良さにまた惚れそうになる。


そして結局謙くんの方が駅から家は近いのに、また謙くんは俺を家まで送ってくれた。







補足

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