短編2 | ナノ


▼ 可愛い×平凡4

リクエスト


謙くんから渡された紙を広げ、紙に書かれていた『好きな物(人)』という言葉に、一瞬呼吸が止まった。
次の瞬間にはドキドキと胸が高鳴り、嬉しさが身体中へと広がっていった。





メイド服から体操着に着替えてから戻ると、案の定一部始終を見ていた友達に、興味津々にどういうことだと聞かれた。

「西脇くんとは同じ幼稚園の友達だったんだよ。見た目が変わってるから向こうはきっと気付いてないと思ってたんだけど、わかってたみたい」
「へー、そうだったんだ」
幸い『可愛いのは千明ちゃんだよ!!!!』という謙くんの発言を友達は聞こえていなかったらしく、自分が女装していたことを隠しつつ簡単に説明すると、納得がいったようで、早々にこの話は終了した。


体育祭は残すところ300mリレーと色別対抗リレーの2つだけになった。
最初は体育祭に対してやる気のなかった友達だったが、謙くんの活躍に楽しくなってきたのか、残り2つの競技は前の方で見ると言われた。
それに「おお、了解」と返し、俺は校庭を見渡せる位置へと行き、良さそうなところで腰を下ろした。
本当は前で見たい気持ちもあったが、そうすると走っている人しか見えず、待機している時の謙くんが見えなくなる。
それが嫌なので全体をよく見渡せる位置にしたが、ここからなら待機してる謙くんも走っている謙くんもしっかりと見えた。
少し離れた位置だからか300mリレーを応援する声が周りからあまり聞こえず、心の中で俺は謙くんを応援した。
その甲斐あってか、今回もやっぱり謙くんが1位だった。

1位の謙くんの元にはクラスメートや同じ色の先輩が集まり、何か謙くんに言っているのが、遠くから見ているのでよくわかる。
俺も謙くんの友達のように謙くんの元に行って「カッコよかったよ」って伝えたいなぁと、一瞬暗い気持ちになりかけたが、謙くんから渡された紙を思い出し、思わず頬を緩めてしまった。
あの紙の『好きな人』というのはきっと友達って意味でいいんだろう。
謙くんがまだ俺を友達だと思ってくれていたことが嬉しく、謙くんを友達だと思ってもいいだと舞い上がった。
そうこう考えているうちに、最後の競技である色別対抗リレーが始まっていた。

俺ら赤組は白組に10点負けているが、最後の競技である色別対抗リレーの結果によってはそれを覆せる。
始まる前から応援の声が止まず、選手も少しピリピリしているような気がする。
順番が決まっているのか入場してきた選手は各自の持ち場へ行き、スタート選手は走り出す姿勢をとって、ピストルが鳴るのを待った。

パーンとピストンが鳴った瞬間、選手達は風を切るように走り出し、それと同時に喚声があがった。

まだ謙くんの番は遠いのか、軽いストレッチをしながら選手を見ていた。
バトンは次から次へと選手達に繋がれていくが、終盤に差し掛かり、謙くんのチームは8人中7位だった。
ここからの逆転はあまり見込めないだろうなぁという気持ちはあったが、謙くんならなんとかしてくれるかもしれないという期待もあった。
スタート位置に立つ謙くんを祈りながら見ていると、バチリと目が合い、謙くんの口がパクパクと動いた。
『見てて』

多分そう言った謙くんに、俺は何度も首を縦に振った。
謙くんはニッコリと笑い、真剣な顔付きで走ってくる選手を見つめた。
謙くんは少しずつ助走を始め、バトンを受け取った瞬間、足に羽が生えたように軽やかに謙くんは走り出した。
1人抜き、2人抜き、3人抜き、どんどん謙くんは他の選手を抜いて行った。
赤組の喚声は最高潮になり、謙くんを応援する声が止まない。
さっきの競技では周りの人は誰1人声を出していなかったが、今回はみんなが声を出してるので、俺も「謙くん頑張ってー!」と周りの声に負けないよう声を張り上げた。

最後の競技ということもあり、1人200m走らなければならないが、後半に差し掛かってスピードが落ちる他の選手と違って、謙くんのスピードは落ちることがなく、どんどんと選手を追い抜いて行った。
1位だった選手の背中にピッタリとくっつき、徐々に抜いていった瞬間、悲鳴にも似た喚声があがった。
アンカーへとバトンを渡した謙くんはそのままレーンの端へと転げ、身体全体で息をした。

カッコよすぎて言葉が出ない。
本当にほぼビリだった状態から、謙くんは1位になってしまった。
大逆転劇を繰り広げた謙くんは、今だ身体全体で息をし、そんな謙くんの元に集まってきた一緒のチームの人が、皆で謙くんをつついていた。


アンカーだった人はそのままブッチギリの1位でゴールをし、その日俺達赤組が優勝した。








「「「「「おつかれさまでーす」」」」」
体育祭が終わった後、クラスで打ち上げが行われた。
一旦家に帰り、再び集合しても興奮がまだ残っているのか、騒ぎようがすごかった。
個室だけれど、流石にうるさくしすぎたのか、何度か幹事の人が店員に謝っている姿を見た。
集合から店でもやっぱり中心は謙くんで、ずっと色んな人に話し掛けられていて、一言だけでも「カッコよかったよ」と言いたいのに言えなかった。
結局言えないまま打ち上げは終了し、友達と途中まで一緒に帰り、電車の中でバイバイした。


トボトボと歩く。
夢のような1日だった。
謙くんに覚えてもらえていた上に、「好きな人」とまだ友達だと思ってもらえていた。
それにたくさん謙くんのカッコイイ姿を見れて、本当に楽しかった。
余韻に浸りながら夜道を歩いていると、「千明ちゃん!」と声と共に腕を掴まれた。
驚いて振り向くとそこには何故か謙くんがいた。

「謙くん!?なんで?」
「なんでって、俺も帰る方向一緒でしょ?一緒に帰ろうと思ったのに居なくなっててすごい焦った」
そういえばそうだったと思い出した。
同じ幼稚園に通っていた謙くんの家は俺の家から歩いて5分の位置にある。
だけど突然の謙くんの登場にどうしたらいいのかわからない。
さっきまでみんなの中心にいて、何処か雲の上の存在のように思っていたのに、こんな近くにいるなんて、どんな話をすればいいんだろうか。

「あの……色別対抗リレー、すごいカッコよかった」
「本当?ありがとう、嬉しい」
まずは言いたかったことを伝えると、言葉通り嬉しそうに微笑まれた。
うううカッコイイ。

「千明ちゃんの応援聞こえてたよ。「謙くん大好きー!」って言ってくれてたよね?」
「え?そんなこと言ってない!!」
謙くんの言葉に驚いて反論するとおかしそうに笑われた。

「嘘だよ。そう言ってくれてたら嬉しいなぁっていうただの俺の願望」
思わず「もー」って言うと、謙くんは目を細めた。


「あのさー、千明ちゃんは明日暇?」
「明日?暇だよ」
明日は体育祭の振り返え休日で、今のところ特に予定はない。

「じゃあさ、一緒に遊びに行かない?」
「うん……いいよ」
ただ友達に遊びに誘われただけなのに、謙くんだからか、緊張して言葉が少し詰まってしまった。


「明日10時に千明ちゃんのこと迎えに来るから」
そう言って手を振る謙くんに、いつの間にか自分の家に辿り着いていたことに気付いた。
駅からは謙くんの家の方が近いので、既に謙くんの家を通り過ぎてしまっていた。
意図せずに家まで送ってもらってしまったことに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「あっ、送らせちゃってごめん」
「俺が千明ちゃんと少しでも居たかっただけだよ」
甘い言葉に思わずきゅんと胸が高鳴ってしまった。
嬉しさと恥ずかしさで謙くんの顔を見れず、そそくさと玄関へと向かい、「またね」と言って家の中へと入った。

玄関に腰を下ろし、その場で必死に緩む顔を頑張って引き締めた。







補足

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