短編2 | ナノ


▼ インストラクター×会社員2

リクエスト


入会してから初めてフィットネスクラブへ行った日、僕を見た広瀬さんは目を大きく見開かせ、慌てて駆け寄ってきた。

「こんばんは!入会してくださったんですね」
「はい!あの後、手続きしてから帰ったんです」
「そうなんですか!…もう来てもらえないかと思っていたので、また会えて嬉しいです」
最後に見た広瀬さんの顔は、今にも泣きそうな顔だった。
だけど今日は本当に嬉しそうな顔で笑っているので、心の底から安堵した。
あの日、入会してよかった。

余程僕が来たことが嬉しいのか、「今日こそ付きっきりでサポートさせてもらいます!」と言い、まずマシンの使い方と鍛えられる部位の説明をしてくれた。
どのボタンを押すとどういうことが起き、マシンを使うことで身体のどこに効果があるのかを丁寧に説明してくれた。
だがなかなか覚えることができず、何回も聞き返す僕に、「ご迷惑でなければ、田村さんが来た時はなるべく俺が付きましょうか?」と言ってくれた。
他にもお客さんがいるし申し訳ないと断ったが、「マシンの使い方を覚えるまでの間だけです」とまで言われて断るのもなと思い、お言葉に甘えてしばらくの間付いてもらうことにした。


それからもフィットネスクラブへ行くたび、僕を見つけると、直ぐに広瀬さんは僕のところへ駆け寄ってきてくれた。
そして根気よく、丁寧にマシンの使い方を教えてくれるので、いつも使うマシンは完璧に覚えた。
マシンの使い方を覚えると運動が楽しくなり、昔よりも格段に運動を好きになった。
今でもキツイことや苦しいことは嫌いだが、誰に指図されることもなく、自分のペースで運動出来るのは正直楽しい。
それに広瀬さんと話すのが楽しくて、ついつい時間が空けばフィットネスクラブへと足が赴いてしまう。




「田村さんは休日何してるんですか?」
「何もせずに1日中ゴロゴロすることが大半ですね。広瀬さんは休日にスポーツとかしてそうですね」
「そうでもないですよ。俺も何も無い日は1日中ゴロゴロしてます。堕落した生活って幸せですよね」
「はは、そうですね」
くだらないことで笑い合うことが楽しく、広瀬さんと話していると、時間はあっという間にすぎてしまう。

いつも通り、広瀬さんにお疲れ様ですと声をかけてから出よとしたが、あることを思い出し、慌てて振り返った。

「あっ、そうだ。明日から仕事が忙しくなるので、多分1週間ほどここには来れそうにないです」
言う必要はないかもしれないが、何と無く言っといた方がいいかな?と告げると、『無理はしないでください』と広瀬さんに心配気に微笑まれた。
広瀬さんは本当にいい人だ。



5日連続で遅くまで残業したおかげで、思っていたよりも早く仕事が片付いた。
疲れていたし、そのまま帰っても良かったが、ふらっと何故か足がフィットネスクラブへと向かった。
予定より早く来た僕に広瀬さんは驚いてくれるかな?とジムに入ると、直ぐに広瀬さんを見付けた。
けれど広瀬さんとの距離は遠く、その上お客さんの相手をしているようで、少し迷ったが、声をかけないことした。

軽いウォーミングアップをし、ランニングマシンに乗った。
もう何回も使っているのでさすがに何がどこのボタンか覚えているため、スムーズにランニングを始められた。
けれどいつもより時間が経つのが遅く、3分毎に時間を確認してしまい、運動も楽しいとは思えなかった。

いつもと違うことは、広瀬さんがいないことだけ。
今だにお客さんの相手をし、広瀬さんは僕が来たことに気付く様子もない。
母親を取られて拗ねる子どものように、何度も遠くの方にいる広瀬さんをチラチラと見てしまう。
なんかずっと広瀬さんに会いたかったみたいで、すごく恥ずかしい。

結局1度も目が合うことがないまま、いつもより早目に運動を切り上げた。

家に帰ってからも何故か頭の片隅には広瀬さんがいた。
よく考えてみると、最近の僕はいつの間にかフィットネスクラブ中心の生活になり、仕事の状況で次はいつフィットネスクラブに行けるかを考え、フィットネスクラブに行くのが楽しみになっている。
運動嫌いなはずの僕がこんなに運動を楽しみにしているなんて、自分のおかしさにようやく気付き、笑い声が出た。


次の日の帰り、フィットネスクラブへ行こうかどうか少し悩んだが、迷った末行くことにした。
そして今日は絶対広瀬さんに声をかけるぞと決意を固めたが、どこを見渡しても広瀬さんの姿はなかった。
どうやら広瀬さんはお休みらしい。
いつも僕が来る時には必ず広瀬さんがいるので、居ないかもしれないという考えが頭になかった。
結局その日も早めに運動を切り上げ、家へと帰った。




「あっ!田村さん、こんばんは。お仕事お疲れ様です。」
今日こそはと思いジムへと入ると、広瀬さんを見つけるよりも先に、広瀬さんから声をかけてきてくれた。
やっと会えたことが嬉しく、思わず頬が緩んだ。
そして『ああ、好きだ』とそう思った。

「お久しぶりです…って言っても一昨日フィットネスクラブへ来た時に広瀬さんを見かけたんですけどね」
「え?一昨日、来てたんですか!?どうして声を掛けてくれなかったですか?田村さんに会いたかったのに」
少しぶー垂れた顔して『会いたかった』と言う広瀬さん。
その言葉にさらに僕の頬は緩んだ。
会いたいと思ってくれていたなんて、嬉しすぎる。

僕も広瀬さんに会いたかったです。
言葉にはせず笑顔で返すと、広瀬さんは不思議そうな顔をしながらも爽やかな笑顔で返してくれた。



気付いてしまったら、もうどうしようもなかった。
これからフィットネスクラブへと通う理由が、とても不純な動機でごめんなさい。






補足

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