短編2 | ナノ


▼ 勇者×道具屋

じいさんは若い頃勇者をしていたらしい。
もう数十年も前の話で、勇者をしていた頃の話を、俺は嫌ってほど聞かされ続けた。
じいさんが教えてくれた勇者の話は、どれも冒険心をくすぐるものばかりで、最初は俺も勇者になることを目指した。
世間でも、勇者は英雄として讃えられ、石像や歴史書など、様々な場所で勇者がいかにすごいかが語られている。
そのため勇者は憧れの職業と言っても過言ではない。
けれどここ数十年は魔物が現れていないため、勇者とは名ばかりの便利屋と化し、1度この世界を救った勇者がじいさんだと知る人さえ、今は数える程になったらしい。
小さい頃はじいさんが勇者だということを俺は信じて疑わなかったが、年を重ねるにつれ、じいさんが勇者だと知らない人が多いと知り、じいさんの戯言だったんじゃないかと疑うようになった。




「ユキジ様のお孫様であるヒロ様にしかこの世界を救えないのです。どうか、お願いします」
「じいさんが勇者だったとしても俺には関係ない話だろ」
「いえ、魔王を倒すための勇者の剣は、勇者様の子孫の方しか抜くことが出来ないのです」
じいさんが弱り始めた頃から、今まで見たことすらなかった魔物が突然出没するようになった。
あとから知ったことだが、どうやらじいさんの力で魔物を食い止めていたらしい。
けれどじいさんが弱ったことで魔物を抑えることが出来なくなり、じいさんが死んだのと同時に、封印されていた魔王まで復活してしまった。
村が襲われ、人が殺され、被害は日に日に増加しているらしい。

そしてじいさんが死んでからちょうど1週間経った今日、突然城から使いがやってきた。

「報酬はいくらでも差し上げると王から言われております。…望みが、何でも叶うんですよ!」
「望みって言われてもなぁ、今まで通り平凡に暮らすのが俺の望みだからなー…」
そこをなんとかと言う使いに思わずため息が出た。

「いいじゃないのヒロ。助けてあげなさいよ」
「…いつから聞いてたんだよハンナ」
「最初からよ。頼られてるんだから答えてあげなさい。それに、ヒロだけじゃ頼りないし、私もついて行ってあげるわ」
誰もいなかったはずの空間に突如現れた幼馴染のハンナに、さらにため息が出た。
じいさんが死んだことで何の因果関係か、ハンナの力が覚醒した。
ハンナは今まで自在に使えていなかった魔法が自分の意思で使えるようになった途端、目に見えて調子に乗りはじめた。

「っ!?あなたはユキジ様が勇者時代のお仲間だった、魔法使いのご子孫様であるハンナ様!ハンナ様まで来ていただけるなんて…」
「…そうだったのかよ」
「そうだったみたい。私もこの前婆様から知らされたばかりだけどね」
とりあえず世界を救う件は置いといて、王様に会ってくれないかと使いに頼みこまれ、会うだけならとハンナと共に王様の居る国へと向かった。
その道中、女戦士、女武道家、巫女と何故かじいさんが勇者時代の子孫達と出会ってしまい、どんどん仲間が増えていってしまった。
別に世界なんか救いたくないのに、徐々に集まっていくパーティメンバーに、もう俺が勇者として世界を救うことが決定事項になっている気がしてならない。

王様が住む、始まりの国と言われているシズリア国に着いた頃には、もう俺が勇者だという情報が届いており、国を挙げて歓迎された。
めんどくさい。帰りたい。癒されたい。
パーティメンバーが全員女で気を使わなきゃいけないストレスも組み合わさり、もう俺は心身共に疲れきっていた。
とっとと王様にあって断ろうと、城へと足を進めた。


「ようこそシズリア国へ。私がこの国の王であるロータスで、この子が娘のルアだ」
「初めまして勇者様。ルアです。勇者様にお会い出来て、とても光栄です。」
「勇者の孫のヒロです。早速なんですが、俺は世界を救うことなんてでk」
王様やお姫様にわざわざ集まってもらい申し訳ないが、俺はここへは勇者にはなれないことを伝えにきた。
早々に無理だと伝えようとしたが、寸前のところでハンナの魔法によって口を閉じられた。

「?どうしましたか勇者様?」
「勇者様ってば口内炎ができて喋りにくいと言っていたので、気にしないで続けてください」
ハンナの魔法のせいで口も身体も動かせなくなり、早々に諦めて見守ることに徹した。

「それで、あの。この世界を救ってくださった暁には、娘のルアと結婚し、この国の王の地位を譲ります」
「「「「え?!」」」」
恥ずかしがるお姫様と覚悟を決めた顔をする王様に、思わずため息が出そうになる。
結婚とか王の立場とか、マジでどうでもいいんだけどな。早く帰りたい。
そう考えている間に、ハンナや女戦士、女武道家、巫女、お姫様が何か言い合っていた。

勇者は他人のために自分を犠牲にしなければならない。
なんで知りもしない奴らのために俺が命をかけなきゃいけないんだよ。
感謝の言葉も見返りも、俺は望んではいない。
ただ平凡に過ごすことができさえすれば、それだけで俺は幸せだ。

やっとハンナの魔法は解けたが、ハンナからの威圧で、「まだ勇者として旅に出る準備が整っていないので、しばらくこの国で調達します」と王様達には告げた。

俺以外にも勇者はたくさんいる。俺がこの国でのんびりしている間に、魔物や魔王を倒し終わるのを待たせてもらおう。
ありがたいことに王様からのご好意で、城の部屋も自由に使えるので寝食にも困らない上に、ハンナ達ともやっと離れられる。




ストレスからも解放され、気分転換に城下町へと行くと、活気のある雰囲気に圧倒された。
俺が住んでいた田舎とは違い、人が多く、見たことがない商品がそこら中に並べられている。
買わなくても見ているだけで楽しい。

途中、「あれ?勇者様?」と騒がれそうになったが、なんとか逃げきり、その後は変装をしたことで、ゆっくりと城下町を見て回ることができた。
気が付けばひと気のない森まで来ており、踵を返そうとしたところで、さらに森の奥の方に一軒家が見えた。
何と無く吸い寄せられるようにそこへと足が向かった。

「どう、ぐや?」
正面から見た家の前には道具屋という看板が掲げられていた。
城下町の中心に大体の武器屋やアイテム屋が揃っているため、ここへ来る人はあまりいないんだろうなと容易に想像ができた。
扉を開け、中に入ると、所狭しと武器やアイテムが並んでいた。
イマイチ武器についてわからない俺でも、なんとなく良い品が揃っていることがわかる。

「いらっしゃいませ」
「…」
声のした方をチラッと見ると、柔らかい笑顔を浮かべる、店員であろう青年がいた。
若そうな店員に親近感を持ち、別に欲しいわけではなかったが、剣について少し聞いた。
するとトコトコと隣まで来て、1つ1つ丁寧に剣について教えてくれた。
柔らかい笑顔と丁寧な接客に、可愛い店員だなと感じ始めた頃、店員はジッと俺を見つめてきた。

「俺の顔に何か付いてる?」
「いえ、あの…勇者が嫌いですか?」
「…何で」
「勇者になりたくないって顔に書いてあります…」
思わず自分の顔をペタペタと触るとクスッと笑われた。

「ユキジ様が、『ヒロは俺より勇者の才能があるのに、あいつは俺のせいで勇者というものを嫌ってしまった』とここに来るたび、嘆いてました」
名を告げていないはずなのに名前を呼ばれ、その上じいさんについて語られたことに驚いていると、店員は泣き出しそうな顔で笑った。

「ユキジ様は、苦しまれずに逝くことができましたか?」
「ああ、眠てるようにしか見えない程、安らかな顔してた」
よかったと呟く店員を抱き締めようとしたが、ただ自分が店員に触りたいだけだと気付き、慌てて伸ばしかけた手を下ろした。

そのあと店員…レオさんがゆっくりと話をしてくれた。
この道具屋は勇者のための道具屋であり、勇者しか見つけることも入ることもできない。
そのためじいさんは昔からここに通っており、レオさんが小さい頃から交流があったそうだ。
話している中でレオさんの方が年上だと知り、驚くと、少しだけムッとした顔をされた。
正直じいさんが羨ましい。幼い頃のレオさんとか絶対可愛いだろ。
飾り気のない素朴な青年にしか見えないレオさんだが、仕草や口調が可愛くてたまらない。

「レオさんの所に来れるのは今はもう俺だけってこと?」
「そうですね。でもヒロ様は勇者になるおつもりではないので、これからは寂しくなります」
「いやー、まー、レオさんに会えるなら、勇者になってもいいかもなー」
勇者という名目でここへと通い、レオさんを独り占めできるなら勇者も悪くない。否、最高だ。

「本当ですか!?」
目に見えて嬉しそうな顔をするレオさんに思わず俺の顔が緩む。
可愛い。嫁にしたい。いや、嫁にしよう。
俺の心はレオさんによって、アッサリと今までなるつもりがなかった勇者への道を決定させた。

日が暮れるまでレオさんとイチャイチャし、そろそろ帰らないと心配されるんじゃないかという言葉に、一度城へと帰ることにした。
パーティメンバーの女達とは違い、細かいところにも気遣いが隠されているレオさんの嫁力に、未来の旦那である俺の鼻が高くなる。
本当は一緒に城へと連れて行きたいが、王様や家来達が可愛い可愛いレオさんを襲うようなことがあれば、俺は迷わずこの世界を魔王よりも先に滅ぼしてやる。
そのため、今日のところは一旦帰ろう。

別れ際、名残惜しむレオさんに「明日も来るから」と告げると、悲しそうな顔をしていたレオさんの顔が一転し、「待ってます」と嬉しそうな顔になった。
その姿が可愛いすぎて、少しぐらい触ってもいいだろうと自分で自分を許し、軽いハグをしてから帰った。


城下町を歩いていると、頬を膨らませたハンナが仁王立ちで目の前に現れた。
「あんたどこ行ってたのよ!?もぉ城下町デートの時間なくなっちゃったじゃない」
顔をグイッと近付けてくるハンナから遠ざかるため、後ずさると誰かにぶつかった。

「やっと見つけてこの時間なんて、魔法使いってホント使えないわねぇ」
「勇者殿、何処に行かれてたのじゃ?」
「ヒロ様がいなくて、淋しかったぁ」
「城下町を行くなら是非、私を誘って欲しかったです…」
女戦士、女武道家、巫女、お姫様と何故か皆が勢揃いしていた。

「悪い悪い。ってか俺抜きで、お前らだけで城下町見て回ればよかっただろ」
何か騒いでるハンナ達を置いていき、城へと向かった。

明日は何かお土産もって行くか…何ならレオさん、喜んでくれっかなぁ
あー…、早くレオさんに会いてー

「あっ、そうだ。勇者になることにしたから」
「「「「「えっ!?」」」」」






補足

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