短編2 | ナノ


▼ 変態×ビビリ

「……」
「…っ!?」
「……」
ジッと僕を見つめたまま今度は体操着のズボンを頭に被りはじめた。
僕はゆっくりと扉を閉め、下駄箱に向かって歩き始めたが、徐々に歩幅は大きくなり、歩く速度も早くなっていった。
気が付けば全力疾走で息を切らしながら自分の家へと帰り着いていた。

「…いやいやいやいや。なんで?ってか天海(あまみ)くんだったよね?」
ただ僕は今日の体育の授業で使っていた体操着を取りに戻ってきただけなのに、まさかあんなものを見てしまうなんて…




冬の時期の体育の授業は持久走を行う。
人並み程度の体力しか持ち合わせていない僕はいつもゴールするのは平均よりも遅く、元々運動自体それほど好きではないので、スタート時間が近付くにつれ、憂鬱さが増していく。
ストレッチに筋トレと体慣らしも終わってしまい、先生の集合の合図でスタート地点に着いた途端、寒さと緊張で本気で走ることが嫌で仕方なくなった。
何故走らなきゃいけないのか。何故体育の授業に持久走がある学校を選んでしまったのかと、今更ながら後悔する。
だけどそう思っても遅く、スタートの掛け声と同時に小走りで進み始めた。

嫌だった持久走も終わりが近付けば案外悪くないと思ってしまうのは何故なのだろうか。
さっきまであった憂鬱さはいつの間にか晴れ、頭もどこかスッキリしている。
たまに運動するのは気持ちいいなと、走る前とは全く違うことを考えていて、思わず笑えてしまう。
けれどスッキリしているのは内側だけで、外側は体操着が汗でピッタリと肌にくっつき、すごく気持ち悪い。
授業が終わると同時に教室へと戻り、汗拭きシートで体を拭いてから制服に着替えると、外側もスッキリしたこともあって、次の時間の授業は眠気に負けてしまった。

「井上(いのうえ)ー!授業終わったぞー。帰んべ」
「…あー、寝てたわ」
「知ってる。ほら荷物持て」
友人に起こしてもらい、家まで雑談をしながら帰っている途中で、学校に体操着を忘れてきたことに気付いた。
あんまり汗をかかない競技ならまだしも、持久走でたっぷり汗が染み込んでる体操着はダメだなと、友人に先に帰るよう言ってから、家へと向かっていた足を学校へと戻した。

下校時間からだいぶ時間が経っているせいか、校舎に人の気配を感じない。
さっさと僕も体操着を見つけて帰ろうと思い、教室の扉を開けると、僕の席の前には人がいた。
そして僕の、汗がたっぷり染み込んでいる体操着のシャツを、何故か口に咥えていた。





クラスの中心人物で、爽やかイケメンな天海瑛太(えいた)くんと僕では接点もなく、同じクラスでもあまり喋ったことがない。
そんな天海くんが僕の体操着のシャツを口に咥え、あまつさえズボンを頭から被るなんて、僕はもしかして夢を見ていたのかしれない。
あの天海くんがそんなことするわけがない。
そう思い、その日は直ぐに眠り、いつも通り次の日の朝学校へと行くと、僕の体操着は机の横にぶら下がってはいなかった。
チラリと既に教室に来ていた天海くんを見ると、楽しそうに友達と笑い合っていた。
深く考えるのは怖いので、体操着のことは一旦忘れ、普段通りを心掛けて生活をした。
けれど普段通りとは思っていても、あんな夢を見たせいか、やっぱり無意識に天海くんを見てしまう。
そして僕は気付きたくなかったことに気付いてしまった。
天海くんは僕が飲み終わった紙パックや、鼻をかんだティッシュなどをゴミ箱から拾っており、他にも僕が出たトイレの個室にスッと天海くんが入って行った。

昨日のあれは夢ではなかったのかもしれない。


「天海くんって、その…少し変じゃない?」
「天海?あんなイケメンがこの世に存在するなんて!?とかそういうこと?」
「いやいやそうじゃなくて、行動がさ…」
それとなく友人に天海くんの話をしてみたが、『何が?』と言いたげな顔をしており、意味を分かってもらえない。
少し嘘を交えながらあったことを話すと、笑い声をあげ、「自意識過剰じゃね?天海がなんでお前にそんなことするんだよ」と言われ、「だよね…僕も自分でもそう思う」と返した。

「まー、仮にもしそれが本当でも、天海なら許せるわ」
「…え?」
「むしろ天海に対してそういうことする奴のが多いんじゃね?相当イケメンだし」
「でもほら…」
「素直になれよ。本当は嬉しいんだろ?」
「嬉しい…のかな?」
友人に丸め込まれた感はあるが、確かに天海くんにされるのなら嫌悪感はない。
天海くんの気持ちはイマイチわからないが、あんなことをするぐらいだし、きっと嫌われてるわけではないんだろう。
それならまぁいっかと考えていたが、放課後突然天海くんに呼び出され、まぁいっかという考えを改めた。全然よくないよ…


「これ、ありがとう。それでお願いがあるんだけど、今井上が履いてる靴下、少しだけでいいから貸して」
「え?あの…」
ありがとうと僕の体操着を渡されたが、ほのかに香る柔軟剤の匂いに背筋がヒンヤリとする。
その上靴下を貸してくれとはどういうことなのだろうか。

「汚したらちゃんと洗って返す」
「な、何のために使うの?」
「そりゃ…」
無言になったのに加え、天海くんは喋り始めてから始終真顔なので、ビビリな僕は怖くて仕方ない。

無言のまま続きを話そうとしない天海くんに、先に僕の方が耐えられなくなった。
「変態……」
そう小声で言いながらも、真顔の天海くんが怖くて、少し泣きながら靴下を脱いで天海くんに渡した。






補足

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -