短編2 | ナノ


▼ オネェ×溺愛

「こんばんはー」
「っ?!こん、ばんは」
こんな間近で見ることが出来るなんて、今日の朝まではコッソリと見ているだけだった僕は、想像もしていなかった。





出社時、よくエレベーターに乗り合わせる、とてもカッコイイ人がいた。
その人を初めて見た時、この世にはこんなにもカッコイイ人が本当に実在しているんだということに驚いた。
着ている服はいつもカッコ良く、その人から香る匂いもオシャレで、『雑誌編集の人なんだろうな…カッコイイ』と、自分とは別次元に生きるその人に、憧れを感じていた。

相変わらず今日も社員でギュウギュウ詰めのエレベーターでその人と乗り合わせ、4階で降りた僕は『今日は昨日よりも近い位置に居れたから、いい香りがここまで届いたなぁ』と余韻に浸った。
自分のデスクについてからもあの人の香りが鼻に残っており、嬉々していると「高岡(たかおか)くん、おはよう。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいい?」と先輩に声をかけられた。

「おはようございます、塩見(しおみ)先輩。期限が今日までの仕事のことですか?それなら昨日のうちに総務部長に渡しましたよ?」
「いやそのことじゃなくて、今日の夜、漫画編集の人と飲み会するんだけど、夜空いてないかな?って」
「平気です。空いてます!」
わかった。じゃあ詳しいことは後で連絡するからと言い、仕事へと戻って行く先輩を見届けてから、1人ガッツポーズを作った。

この会社に入ろうと思ったキッカケは、大好きな漫画がここで作られているからという単純な理由でだった。
交遊関係はそれほど広くなく、基本的に4階から上へと行かない僕は、今まで漫画編集の人等と関わる機会があまりなかった。
だけど今日やっと大好きな漫画を作る人達とお話できる!と、その後もずっと興奮を抑えきれなかった。






「え?あの漫画の担当さんなんですか?僕すごくあの作品大好きなんですよ!バトルシーンとか臨場感たっぷりで、毎回ハラハラしながら見てます」
「そうなんだぁ、今度先生に伝えておくよ」
「はい!あっ、前作もすごく面白かったということもお願いします」
僕の大好きな作品の担当者さんもたくさん来ており、作品の裏話や、作者さんの話などを教えてもらい、興奮からお酒を飲む手が止まらなかった。
お酒もいい具合にまわり、気持ち良くなっていると、「お待たせー」と誰かが遅れてやってきた。
声につられて、遅れてきたその人を見た瞬間、さっきまでの酔いが一気に覚めた。

「紗倉(さくら)遅ーい!」
「ごめーん、仕事が残ってたのよ」
何故かそこには、毎朝エレベーターに乗り合わせる、あの人がいた。
『なんで彼がここにいるのか』、『雑誌編集じゃなくて、漫画編集だったのか』と驚きながら見ていると、全体を見渡していたあの人は僕のところで視線を止め、空いていた僕の左隣へと座った。

「こんばんはー」
「っ?!こん、ばんは」





さっきまでの酔いは何処に行ったんだと思うほど、あの人…紗倉さんがやって来てからいくら飲んでも酔うことが出来なかった。
これまでにないほどに近い距離で、しかも紗倉さんと少し密着してしまっている。
いつも以上に強く匂ういい香りに、僕のキャパはオーバーしてしまった。

「高岡くんだっけ?初めましてー」
「初め、まして…」
「あれ?なんか緊張してる?」
「紗倉さんがオネェだから驚いてるんじゃない?」
「あらやだそうなの?高岡くんはこういう生き物見るの初めてだから驚いちゃった?」
『オネェ』という言葉に最初は頭が理解してくれなかったが、直ぐにそういえばさっきから紗倉さんは女性らしい言葉を使っていると気付いた。
一目で男性だとわかる見た目をしている紗倉さんだったが、柔らかい口調は何処か似合っており、全く気付かなかった。

「いや、あの…前からカッコイイ人だなぁと憧れていたので、こんなに近くで見れて、緊張しちゃって…」
「いやーん。何それ可愛い!そんな可愛いこと言ってると、高岡くんのことお持ち帰りしちゃうぞー」
『紗倉やめろ』『さっちゃんダメだよ』と色んな方向から止める声が聞こえてきたが、僕自身全く悪い気はせず、少し期待してしまう。
だが止める声を挙げた中の1人が「さくちゃんオネェだけど、恋愛対象は女でしょ?」と言ったことで、コッソリ僕は気を落とした。

「あー、よく女泣かせてますもんね」
「人聞きが悪いわねぇ、そんなことないわよ」
気を落としはしたが、今まで知ることができなかった紗倉さんの話を聞けるのはとても楽しかった。
お酒を飲みながら紗倉さんの話を聞き、そのうち僕の意識は飛んでしまっていた。





ぼんやりとした視界の中、紗倉さんの姿だけがハッキリと見えた。
相変わらずカッコ良いなと見惚れていると、紗倉さんの顔が徐々に近付いてきた。
ふにっと柔らかい感触を唇に感じつつ、僕はゆっくりと目を瞑った。


目を覚ますと見慣れた天井があった。
どうやって家へと帰って来たのかを思い出そうとしてみるが、全く思い出せない。
けれど何故か柔らかい感触だけがハッキリと残っていた。

思考がまだふわふわとしたままだったが、いつもの習慣で、気が付けば会社への支度は終わっていた。



「あら、高岡くんじゃない。おはよー。体調は大丈夫?」
「っ?!お、おはようございます。はい、大丈夫です!」
ぼんやりとしていた状態も、紗倉さんを見たことでハッキリとした。
まさか紗倉さんの方から挨拶をしてもらえるなんて、思ってもいなかった。

「昨日のこと覚えてる?酔っているとはいえ、ごめんなさいね」
「…?何のことですか?」
「酔って寝ている高岡くんが可愛くって、思わずキスしちゃったのよ。本当にごめんなさい」
「そうなんですか…」
夢か現かわからなかったが、あれは夢じゃなかったんだ…

咄嗟に手で自分の唇を覆い隠し、俯いた。
多分僕の顔は真っ赤になっているだろう。

「…もしかしてファーストキスだった?」
聞かれたことに無言で頷くと、紗倉さんのため息をつく声が聞こえた。

「もうダメ、高岡くん可愛すぎ。私のものになって?」






補足

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