短編2 | ナノ


▼ 生徒×先生

学校生活も5月を過ぎればもう落ち着き始め、正直学校へ行っている時間以外は暇になった。
けれど遊ぶにしても毎日遊ぶお金も友人も、僕にはいない。なので、そんな暇な時間を埋めるため、何かアルバイトでもしてみようと僕は思い立った。
早速そのことを仲の良い友人に相談してみると、友人はアルバイトに賛成し、その上『割りのいいバイトがある』と、塾のバイトを紹介してくれた。




最寄り駅から徒歩1分。県内にいくつか教室を持つ『松平塾』。
ビルの1階部分がコンビニ、2階部分から塾だが、2階が個人、3階は集団と、分かれて授業が行われている。
いつも使っている駅なので存在は知っていたが、まさかこういう作りだったとは、入ってから知った。
最初は戸惑うことも多く、自分の大学での勉強を含め、小学校3年生から高校生3年生まで教えるこの塾で、自分が受け持つ生徒に勉強を教える前に、自分で事前に復習するのは疲れた。
だけど慣れてしまえば楽しいもので、生徒達と勉強することや、まだ僕も学生の身だが、『先生』と言ってもらえるのは嬉しかった。

松平塾が特殊なのかは他の塾と比べたことがないのでわからないが、基本的に個人塾の方では、先生1人に対して同時に2人の生徒を教える。
日にちや時間によっては、1人は小学校5年生で国語を教え、もう1人の生徒は高校3年生で数学を教えることもあった。
仕切りのある机と机の間に座り、交互に解説をするので、たまにごっちゃになってしまうが、今はもう慣れたおかげかそれもなくなった。


アルバイトを始めるにあたって、松平塾にはルールがあった。
高校3年生まで教えるこの塾の大半の先生達は、現役の大学生が多い。
そのため生徒達と年齢が近く、友達になりやすいが、そうなってはいけないというものだった。
連絡先を交換することや、一緒に帰ること、プライベートで会うことの一切を禁止していた。

『生徒と先生の立場をしっかり守ること』が松平塾の方針であり、絶対のルールだった。
勿論僕はそれに従い、どんなに可愛い生徒でも、どんなに仲良くなったとしても、必ず一線を引き、生徒達には皆平等に接してきた。





「これ…今回のテスト結果」
「っ!?全部90点台じゃん!すごいね!頑張ったね真琴(まこと)くん!!」
「…別に」
そっぽを向いてしまった真琴くんを見て、僕の顔は綻んだ。
今年で中学3年生になった井上(いのうえ)真琴くんは、問題児だと塾内では有名だった。
塾をサボる。来たとしても先生の話を聞かない。宿題をやってこない。ペンすら持たない。
なんの為に塾に来ているのかと先生や生徒が言っていたのを、僕はよく耳にしていた。
その上真琴くんの見た目は金髪で、装飾品はジャラジャラ、制服を着崩しており、中学生だとしても彼を恐れ、誰も何も言えなかった。
何度も塾長は真琴くんの親に連絡をしたらしいが、真琴くんの母親はおっとり系なようで『マコちゃんのしたいようにしてあげてください。もし何か迷惑がかかるようなことをしていた時は、お家に帰ってくるよう言ってあげてください』と言われたと、塾長は項垂れていた。

どの先生の話も聞かず、先生がコロコロ変わり、ついに僕が真琴くんの授業を見ることになった日、正直僕は少しビクビクした。
4歳も下だとしても風貌は不良そのもので、気に障るようなことを言って、怒って殴られたらどうしようと身構えた。
だけど初めてあった真琴くんは僕が
「初めまして、森崎賢人(もりさきけんと)と言います」と自己紹介をすると、小さくペコリと頭を動かし、
「初めまして」と素っ気ないながらも返事をしてくれた。
その瞬間今まで持っていた恐怖や考えが一瞬にして消え、真琴くんそのものが初めて見えてきた。
見た目は一見近寄りがたいが、よく見れば少し幼さが残っており、とても可愛い今時の男の子だった。

なんとなくその時松平塾のルールのことも忘れ、『この子と仲良くなってみたいな』という気が出てきた。

幸いなことに今日は来るはずだったもう1人の生徒はお休みだと連絡が来たので、必然的に1対1で真琴くんと向き合うことになった。
挨拶してすぐゲーム機を取り出した真琴くんは噂通り勉強する気がないらしく、僕は横から真琴くんのゲームを覗き込んだ。
どうやらバトルゲームらしく、最初は何をやっているのか見るだけにしようと思っていたが、モンスターを狩るそのゲームは前から僕が気になっていたもので、いつの間にか熱中して真琴くんのゲームを見ていた。
一応授業中ということもあり、「っ!?今のすごい!どうやったの?上手いね」「後ろ!後ろ!」と小声で騒いだ。

「真琴くん、上手だね。ゲーム好きなの?」
「…まぁまぁ」
「僕の周りにいる人ってあんまりゲームやらないから感動しちゃったよ」
「ふーん」
素っ気ない返事だが、時折僕をチラッと見て、様子を確認してくる真琴くんは、きっとすごく良い子なんだろうと僕は確信した。

「僕でも出来そうなゲームとかないかな?」
「…何が好きなの」
「んー。単純なやつの方がいいかな…」
その日は1日、ゲームの話をして終わった。
授業をしていないことに罪悪感はあるが、真琴くんと話せてよかったと、心からそう思った。

そして次の日に塾へ来ると、僕は塾長に呼び出され、「井上くんの担当をしてほしい」と言われた。
僕でいいのならと言うと、塾長はニコニコした顔をして
「井上くんが昨日の授業終わりのアンケートでね、『森崎先生が担当になるならしっかりやる』って書いてくれてたんだよ。森崎くん、一体君、昨日井上くんに何をしたの?」と聞かれた。
それにゲームをしていたとは正直に言えないので「ただ世間話を少し」と言うと、「そうかそうか」と言って塾長は嬉しそうに笑った。



「おはよう、真琴くん。今日からよろしくね」
「…ん。…これ」
「え?あっ!ゲーム?わざわざ持ってきてくれたんだ!ありがとう、嬉しいよ」
「返すのはいつでもいいから」
「ありがとう。…それじゃあ授業をしよっか。じゃあまずは真琴くんの嫌いな教科と好きな教科を教えて欲しいな」

受け持つ生徒達には今まで平等に接してきたが、真琴くんと挨拶をしたその瞬間から、彼は僕の特別な生徒になってしまった。






補足

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