短編2 | ナノ


▼ 十代の自分にさようなら3

リクエスト


今日はゆっくり遅くまで寝ているつもりでいたが、習慣というのは恐ろしいもので、自然と目は7時頃に覚めてしまった。
本来なら今日は2限目だけ授業があるが、教師から事前に休講になることを伝えられていたため、今日は学校へ行く必要がない。

7時15分を指す時計とにらめっこをしたあと、まだ起きるには早いと時計を元の場所へと戻し、枕に顔を埋めた。





いつの間にか10時をすぎ、いつまでもベッドの上にいるのも勿体無いかと起きたはいいものの、特にすることが思いつかない。
ただボーッと録画していたバラエティ番組を見つめながら、午後から何をしようかと考えていると、ポケットに入れていたケータイが突如震えだした。

「はい?」
『晶?お姉ちゃんだけど、テーブルの上にお弁当置いてない?』
視線をテーブルの上へと向けると、いつも姉が持って行っているお弁当がちょこんとそこに置かれていた。

「あるよ」
『やっぱり!確か今日、晶休みだったよね?晶さえよかったら、そのお弁当食べちゃっていいよ』
「え?じゃあ姉ちゃんはお昼どうするの?」
『コンビニで何か買うよ』
「…お金ないってあんだけ言ってたのに?平気なの?」
『あっ…いやでも500円ぐらいで済ませば…あー、だけどなぁ…500円かぁ…うーん』
「暇だし届けに行くよ」
『…え?いや悪いよ』
「本当に?」
『……嘘です。持って来てくれるとありがたいです…。ありがとう晶、給料出たら何か奢るね』
「いーえー」
ようやく家から出る予定が入ったが、姉にお弁当を届けに行くだけだしいいかと、Tシャツにジーンズとラフな格好で家を出た。
昔の俺ならバッチリメイクをし、可愛いフリフリの服を着て家を出ていたが、今はもう可愛く着飾る必要はなくなった。

田宮さんと会った日の夜、思い切って姉に聞いてみた。
『俺はもう可愛くないのか』と。
姉は一瞬パチクリと目を瞬かせた後、直ぐに『可愛いに決まってるじゃない。私の弟よ?でも最近綺麗系になってるのはお姉ちゃん的にはいただけないな。女の私の立場がないってのよ』と笑い、『どんな姿でも晶は可愛い私の弟で、自慢の弟だから』と語った。
途端に目の前が明るくなり、そこで初めて自分は姉に『可愛い』と言われたいがために女装をしていたんだと気付いた。

俺の中で姉は絶対的だった。
姉は女装する俺を見て「可愛い」といつも褒め、構ってくれた。
だから姉に褒めてもらえていた見た目が徐々に可愛いものではないことに俺は焦りを感じ、その上姉本人に『可愛くはない』と言われて、全てがどうでもよくなった。

女装をしていた理由は、実にバカバカしく、そしてシスコンすぎる自分に笑いが出た。


「姉ちゃんさ、俺の誕生日の前日に『俺って可愛い?』って聞いたのに対して『可愛くはない』って言ったの覚えてる?」
「え?そんなこと私言ったっけ?」
「言ったよ」
「そうだっけ?まぁでも多分それは『可愛くはない。晶には可愛いって言葉よりも綺麗って言葉の方がピッタリだ』って言いたかったじゃない?でもそれは見た目の話で、私にとって晶はずっと可愛いままだよ」
田宮さんの言う通りだった。
姉はまだ、女装をやめた俺のことを可愛いと思ってくれていた。
俺もシスコンだが、大概姉もブラコンらしい。
俺の中のモヤモヤは綺麗さっぱりなくなった。





「どうぞ」
「ありがとう晶ぁ」
「いえいえ暇だったので、これぐらいお安い御用ですよ。」
「本当にありがとう。給料日までに何が食べたいとか一応決めといてね!高いのでも何でも奢るから」
「はいはい。」
姉の姿が見えなくなるまで見送り、さてこれからどうしようかと考えていると、トントンと肩を叩かれた。

「晶くん?久しぶりだね。こんなところでどうしたの?」
「あっ、田宮さん!お久しぶりです。今ちょうど姉が忘れて行ったお弁当を渡したところなんですよ。田宮さんは外でお仕事だったんですか?」
肩を叩いてきた相手は田宮さんだった。
相変わらずスーツがよく似合い、とてもカッコよかった。

「取引先に用事があって行ってきたところ。宇佐美のやつ、弁当忘れて行くなんてそそっかしいな…そういえば晶くんはこの後暇?」
何かあるんだろうかと不思議に思いながらも頷くと、「よければ一緒にお昼にしない?」と誘われた。





「『女の私の立場がない』って言われちゃいました」
田宮さんに連れてきてもらったのはオシャレなイタリアンのお店だった。
ランチの時間だからか少し人は多いが、ママ友同士やサラリーマンと幅広い層がいるお店は落ち着いており、とても雰囲気がよかった。
田宮さんはこのお店に何度も来ているのか「ここのカルボナーラは絶品だから」とすすめられ、俺は迷わずカルボナーラを選んだ。


「確かにな。女の人よりも断然晶くんの方が綺麗で見惚れちゃうもの」
「……それズルいです」
「ん?何が?」
自分の言っている言葉の意味に気付いていないのかキョトンとした顔をされ、不意に褒められた俺は顔を赤くしながら「なんでもないです」と呟く他なかった。

「あれですよね…田宮さんってすごくモテますよね?彼女さんとかいるんですか?」
見た目もカッコいいが、ふとした時に『可愛い』『綺麗だ』と男である俺に言ってくるということは、きっと女性にも同じことを無意識に言ってるんだろう。
そんな田宮さんがモテないはずが無い。

「残念ながらここ数年恋人は居ないし、お情けの義理チョコぐらいしかもらえていないよ」
「嘘です!」
「いやいや本当だよ?」
落ち着いた雰囲気で、大人の魅力たっぷりな田宮さんに女性は近付きにくいのかもしれない。

「それよりも晶くんの方がモテそうだよね?確か保育系の大学に行ってるんだって?男より女の人が多いし、きっと彼女が居たとしてもモテモテだろうね」
全力で否定し、自分も恋人が居ないことやモテないことを伝えると『みんな見る目ないのかな?俺なら直ぐに晶くんに告白しちゃうな。断られても諦めず、ずっと「好きだよ晶」とか言って迫っちゃうだろうし』
思わず噎せかえった。
『俺なら直ぐに告白しちゃう』と言われただけでもドキドキしたのに、その上『好きだよ』と、『晶』と名前で呼ばれ、俺の心臓はうるさいほど高鳴って仕方がない。
表情を変えないところを見ると、田宮さんの本音なんだろうと思い、さらに胸が苦しくなった。
「大丈夫?」とナプキンを渡してくれる田宮さんに初めて俺は危機感を持った。

田宮さんとこれ以上一緒に居たら、間違いなく、俺は田宮さんに惚れてしまう。
この人は相当タチの悪い大人だ。
本人は気付いてないだけで、こうやって周りの人を虜にしてしまうんだろう。

一旦落ち着くためにトイレへ行き、帰ってくると「それじゃあ行こうか」と荷物を渡された。
レジの前を素通りし、出て行くことに戸惑っていると「お金はさっき払っといたから」と告げられた。

この人は相当ズルい。今更気付いてしまうなんて。

スマートすぎるズルい大人に俺の心臓は完全に奪われてしまった。

「田宮さんってズルい大人ですね」
「ん?何のことかな?」
微笑みを浮かべる田宮さんに、俺は頭を抱えた。






補足

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