短編2 | ナノ


▼ 救いのない話

※死ネタ、タイトル通りのお話、暗め



あいつは最後まで俺の気持ちなんか考えてくれてなかったんだなと、思わず笑えてきた。




母さんが外で男を作り出て行った日、父さんは狂った。

父さんは誰よりも母さんを愛していた。
もちろん子どもである俺や、兄であるあいつを愛していたが、1番はいつも母さんだった。
母さんが大好きすぎる父さんに俺もあいつも呆れていたが、仲良い2人に正直悪い気はしなかった。
だけど母さんの方はいつからか父さんを避けるようになり、そして外で男を作っていた。


母さんが家を出て行ってから、父さんは母さんに似ているあいつに暴力を振るようになった。
「どうしてなんだ」「何がいけなかったんだ」
そう言いながら暴力を振る姿はとても痛々しく、涙を流していないのに、何故か泣いているようにすら思えた。
あいつは何も言わず、ただただ父さんからの暴力を受け入れた。
直ぐに俺はあいつの前に立ち、「殴るなら俺にしてくれ」と言った。
すると標的が今度は俺になった。
よかったと、俺はそう思った。
あいつは弟の俺より背が小さく、細身で、身体も弱かった。
だから暴力を受け続けたら死んでしまうんじゃないかと本気で思っていた。
だから俺が標的になり、心底ホッとした。

だけどあいつは俺が暴力を受けるようになってから、今までが嘘のように取り乱した。
「ダメだ。俺が…俺が受ける」
何故なんだと。俺はお前より丈夫だと伝えると俯いてゆっくりと喋り始めた。

「俺はお前が好きなんだよ。弟に恋愛感情抱いてるなんて気持ち悪いだろ?だから俺のことなんか庇わなくていい」
卑しめた言い方が気に入らなかったが、それよりも言葉の意味に驚き、俺は何も言えなかった。

いつの間にかまた標的があいつへと代わっていた。
あいつの気持ちを知り、俺は正直嬉しいとさえ思った。俺だってあいつが好きだ。
だけどそれがあいつと同じ恋愛感情かというと素直に頷くことはできなかった。
あいつの事で俺の頭がいっぱいになっていた時、父さんがあいつを犯そうとした。
父さんはあいつを母さんだと勘違いし始めた。

慌てて止めに入り、あいつを部屋へと隔離した。
あいつは母さんじゃない。あいつは俺のだ。
ストンとその言葉が心に落ちてきた。
俺はあいつの事が好きだった。
いつから好きだったのかわからないが、それでも恋愛感情の意味での好きだと今度は素直に頷くことができた。

直ぐにあいつへ自分の気持ちを告げると、とても泣かれた。
嘘だと、信じられないと否定する口を自分のもので塞ぎ、黙らせた。
身体を繋げたのもそう遅くはなかった。
泣いて嬉しいと口では言いながらも、何故かあいつは最後まで俺に腕を回すことはなかった。

あいつを母さんだと勘違いし始めた父さんは、あいつを隠す俺に怒り、再び俺へと暴力を振るようになった。
口の端を切らせ、身体が痣だらけになる俺を見てあいつは泣いた。
そして「ごめん」と呟いた。
大丈夫だと言うように抱き締めるが、それでも「ごめん…ごめんなさい」と何度も何度も謝った。

警察に言ってもよかったが、
「父さんはただ純粋に母さんのことが好きなだけなんだ。
今はまだ現実を受け入れられないだけで、もう少ししたらきっと元に戻るから」と母さんが出て行って直ぐの頃に言ったあいつの言葉がずっと頭にあり、父さんを警察につきだそうという気持ちは最初からなかった。
それにどうしようもなくなった時はあいつと2人でここから逃げればいいとそう思っていた。


ある日、いつもと同じ様に父さんからあいつを隔離し、俺は父さんの怒りを買った。
いつもより激しい暴力で半日ほど俺は気を失っていた。
目が覚めた俺の隣には、静かに涙を流すあいつがいた。

「俺からのお願い、もう…この家から出て行って」
「なら一緒に出て行こう」
無言で首を振られた。
「…父さんを1人になんて出来ないよ」
「…」
お互い無言になり、それ以上何も話さなかった。


父さんはもう元に戻ることは多分ないだろう。
ならこれからどうすればいいんだと悩んだが、終わりは突然来た。

父さんが死んだ。
自然に死んだのでも、事故でもない。
あいつが父さんを殺した。
そしてあいつまで死んでいた。自殺だった。


『俺を庇ってお前は殴られているのに、俺は何もできず、ただ部屋で終わることを待っていることが嫌だった。
弱い自分と母さんに似てるこの顔のせいでお前に迷惑をかけてしまっていることが嫌だった。
だけどお前は優しくて、俺の気持ちまで受け止めてくれた。嬉しくて、だけどお前に迷惑だけしかかけない自分がどうしようもなく嫌で、何度も俺さえ居なければお前は楽だったのにと自分の存在を消したくてたまらなかった。
俺は父さんを見捨てることができなかったが、お前を傷付ける父さんを許すこともできなかった。だからもう終わりにさせた。

愛してるよ。好きだ。だからどうか俺の代わりに幸せになってほしい』

この手紙を見て俺がどう思うか、あいつがいなくなって俺がどうなるかなんて、きっと何も考えてくれなかったんだろう。

俺は別に父さんなんかどうでもよかった。
警察に突き出すことも、1人にさせることにも何の躊躇いもなかった。
だけどあいつが父さんを1人にさせたくないと言うから俺は従った。
あいつの言うこと、やることに迷惑だと思ったこともない。
ただあいつが一緒にいられるならなんだってよかった。
それなのに…


「お前が居なくて俺が幸せになれるわけねぇんだよバーカ」





『今日未明、A県B市で3人の死体が発見されました。警察は殺人事件を視野に……』






補足

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