短編2 | ナノ


▼ インストラクター×会社員

昔から身体を動かす事が嫌いだった。
小学校、中学校、高校と、嫌でも体育という教科があり、おまけにマラソン大会やら持久走など運動嫌いの僕には最悪なイベントの数々。
学生時代は嫌でも運動をさせられ、その度に何故こんなことをしなきゃいけないんだと心の中で愚痴った。
けれど大学からは単位制になり、取りたくなきゃ体育科目は取らず、他の教科で補えばよくなった。
それから数年。社会に出てからはもう、からっきし運動とは無縁の生活。

そもそも苦しいことを進んでやるなんてマゾがすること
僕はマゾなんかじゃない

そう長年思っていたが、実際はそうもいかないらしい。







高校時代の親友と久々に会うと、前に会った時よりも少し細くなり、僕と同い年なのに、どこか若々しく見えた。
さりげなく「何かあった?」と聞いてみると、親友はよく聞いてくれた!!!と言うようにニヤリと笑った。

「もう俺等31だろ?三十路を超えてそろそろ身体に気を付けようと思ってさ、スポーツジムに通い始めたんだよ。週に2回、仕事終わりに汗かきに行くのは気持ちいいぞ」
ポカンと僕の口が開いた。

お金を払ってわざわざ苦しいことをする意味がわからない。

僕に気にせず親友はさらに喋り続けた。

「スポーツジムに通うようになって今まで30分歩くだけで疲れてたのに、今じゃ家から駅まで徒歩だし、スポーツジムへ行った次の日なんて、体調が良い上に飯も美味いんだよ。筋肉もついてきたし、最近は健康体そのもの」
『お前も身体のこと気を付けるなら、今からでも遅くないぞ』と言う親友の言葉を適当に流し、話題はいつの間にか違うものへと移っていた。



親友の言葉は結構僕の心にグサリと刺さった。
三十路を超え、年のせいかちょっとした階段でも疲れるようになった。
新陳代謝が悪く、なかなか汗をかけなくなった。
へっこんでいたお腹が、ぽっこりと膨らんできたような気もする。
気にしないふりをしていたが、昔の自分の身体と比べると、目に見えてわかるぐらい著しく低下している。
そしてどういう因果か、たまたま駅で配っていたチラシの内容が『春の格安キャンペーン。今なら入会費無料。そして今入会された方は毎月の料金がずーっと割引。』という近くのフィットネスクラブの広告をもらった。
広告の下には、お試しキャンペーンと称して1日だけ無料で体験できると謳っていた。






「すいません…予約していた田村昴(たむらすばる)です」
「田村様ですね。お待ちしておりました。今日は体験コースのご予約でよろしかったですか?」
「はい、そうです」
受付でアンケートを書き、そのあと更衣室の場所とお風呂の場所を教えてもらった。
施設の中に風呂がついてるなんてと、便利な設備に驚いた。

動きやすい格好に着替え、更衣室を出てからキョロキョロと周りを見回した。
受付の人に「体験コースはインストラクターが付くので、更衣室の前でお待ちください」と言われていたので、その場で数分程待っていると「田村さんですか?」と僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の方へと振り向くと、爽やかな若い男性が立っていた。

「初めまして。今日田村さんのインストラクターとして付く、広瀬蓮(ひろせれん)です。受付ではどこまで説明されましたか?」
「はい!あっ、よろしくお願いします。えっと…、更衣室とお風呂の場所を教えてもらっただけです」
そうですかと爽やかに笑う広瀬さんに、この人はきっとモテるだろうなと簡単に想像がついた。

「身体を動かすためのマシンがあるのもそうなんですが、時間帯や曜日によってはヨガやダンスなど、色んなプログラムがあります。
地下にはプールもあるので、水泳をする方もたくさんいますよ。
今回田村さんは体験コースということなので、1時間半ほど俺が付かせてもらいますが、通常の場合は好きな時に来て、好きな時に帰えるという仕組みです。」
何か質問はありますか?と尋ねる広瀬さんに「今日は何をすればいいですか?」と聞くと、少し考えた後「それじゃあまずは歩いてみましょうか」と言われた。






「どうですか?キツくないですか?」
「はい。丁度いいです」
勝手なイメージだが、スポーツジムと聞くとランニングマシンに乗って延々に走り続けたり、重いダンベルを持ち上げたりするイメージだった。
けれど実際はランニングマシンの速度をゆっくりめに設定し、その上で軽くウォーキングをするという実に楽なものだった。

「最近何か運動はしてますか?」
「いや、全然。元々運動は嫌いで、高校を卒業してからは、運動らしい運動はしてないです。」
「そういう方結構多いんですよ。でもここではマイペースに、自分にあったやり方でできるので、もしかしたら田村さんに運動を好きになってもらえるかもしれません」
ニカッと笑う広瀬さんの背後にキラキラと星が見えた。
爽やかイケメンだ。

「余裕があるみたいなんで、少しだけ傾斜つけてみましょうか」と言い、広瀬さんが機械を操作すると、足場が少しだけ斜めになった。
おー!と声をあげて感心すると、僕の反応が面白かったのか、広瀬さんに小さく笑われた。
どうせおっさんですよ!と不貞腐れながらも、話しかけてくる広瀬さんに答えながらウォーキングを続けた。

「そろそろ始めて1時間経ちますね」と広瀬さんに言われ、驚いた。
いつの間にかそんなに時間が経っていたのか。
ウォーキングをする僕の負担にならない程度に広瀬さんが話しかけてくれていたので、あっという間に時間が経っていた。
『他のマシンもやってみますか?』という声に悩んでいると突然「蓮くんここに居たのー?もぉ探しちゃったー。今日はフォーム見て欲しいんだけどー」と若い女性が現れ、広瀬さんの腕に絡み付いた。

「こんばんわ田中さん。今日は体験コースの方を見ているので、また今度でいいですか?」
「えー!そうなのぉ?いいなー体験コース。私も蓮くんに付きっきりで見てもらいたーい」
目に見えてわかるアピールに少しだけ引いた。
広瀬さんを名前で呼び、女の武器である胸を腕に押し付けて、その上甘ったるい声。
一瞬で広瀬さんを狙っているんだとわかる。
体験コースという言葉を広瀬さんが発した瞬間、田中さんとやらに僕は睨まれ、いい年こいてビクリと震えてしまった。

「あの…あと30分は勝手にやるんで、大丈夫ですよ?」
「蓮くん、体験コースの人もこう言ってるし、私のフォーム見てよぉー」
さらにグイグイ胸を腕に押し付けるのを見て、少しだけ羨ましいなと広瀬さんを見ると、困った顔をしていた。

「いや…しかし」
「ほらほら行こう」と言い、女性は無理矢理広瀬さんを連れて行ってしまった。





広瀬さんが遠くへ行くのを見届け、僕はまだ疲れていないしと思い、少しだけスピードと傾斜をつけようとボタンを触った。
少しずつスピードが上がり、傾斜もついた。
もう少しイケる、まだイケるとボタンを触っているうちにいつの間にか傾斜はキツく、速さも全力疾走しなければついていけないほどになっていた。
止め方がわからず、どうしようと息を切らし、もうダメだ!コケる!と身構えた。
けれど後ろに腕を引っ張られ、コケることはなかった。
はぁはぁと息を乱しゆっくり見上げると、焦った顔をした広瀬さんがいた。

「大丈夫ですか田村さん!?すいません、俺が目を離したせいで。それに使い方もちゃんと伝えていなかったですし」
再び広瀬さんは『すいません』と言ったと同時に、フワッと身体を持ち上げられた。
酸素不足で頭がクラクラする。汗が止まらない。息が整わない。






広瀬さんは泣きそうな顔をしていた。

休憩室に連れて行かれ、冷たいスポーツドリンクを首に当てられた。
もう片方の手では背中をさすられ、少しずつ手に合わせて息を整えていく。
自分でスポーツドリンクを持てるようになると、今度はどこからか持ってきたタオルで僕の汗を拭った。
ようやく落ち着き、スポーツドリンクを飲んだ後広瀬さんを見ると、申し訳なさそうな、今にも泣きそうな顔をしていた。

「すいません。他の方の所へ俺が行ってしまったから…」
「いや、僕が勝手にマシン触ったからなんで気にしないでください」
しかし…と言う広瀬さんを制止し、「本当に大丈夫なんで。それに使い方も知らずに調子に乗って機械弄ったのは僕なんで、広瀬さんは何も悪くないです。むしろ助けていただいて感謝してます。ありがとうございます。
…多分、もう時間なんで僕は帰りますね」と言うと、何か言いたげだったが、広瀬さんは押し黙った。

再びお礼を言い、頭を下げて更衣室へと向かうと
「今日は本当にすいませんでした。あの…またよかったら来てください」と後ろから広瀬さんに声をかけられた。
振り返り、それに「はい」と答えると、広瀬さんの泣きそうだった顔が少しだけ和らいだ。




たくさんかいた汗流すためにお風呂へ入り、この数時間を振り返る。
調子乗ったせいであんなことになったが、今日はすごく楽しかった。
正直運動をして楽しいと思うことなんて無いと思っていた。
キツくて辛くて苦しくて、できるなら運動なんてしたくないと思っていたが、たまにはこうやって無理がない程度に運動をし、汗を流すのもいいかもしれない。

フィットネスクラブから出る前に、僕は受付で入会の申し込みをした。






補足

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