短編2 | ナノ


▼ 社会人×寂しがり屋泣き虫

「大きくなったら晴人(はると)はマサ兄と結婚してくれるか?」
「結婚?それってなぁに?」
「んー…ずっとマサ兄と一緒にいてくれるかってこと」
「うん!!僕、マサ兄とずっと一緒に居たい」
「じゃあ晴人、左手出して」
マサ兄に言われ左手を出すと、左手の薬指にシロツメクサで作られた指輪を嵌められた。
指に嵌められたシロツメクサとマサ兄を交互に見ると、マサ兄はニコリと笑い
「これはずっと一緒に居るっていう証。もっと大きくなったらちゃんとした物を送るから、それまではこれが仮の証な」
そう言ってマサ兄も僕と同じように左手の薬指にシロツメクサの指輪を嵌め『お揃いだな』と嬉しそうにした。





今からもう何十年も前の話なのに、僕は今だにその日のことを鮮明に覚えている。

僕は昔から近所に住む、4つ年の離れたマサ兄の事が大好きだった。
いつも何処へ行く時でもマサ兄の後ろをチョコチョコと着いて回り、少しでもマサ兄から離れると、僕は精一杯泣いてマサ兄に気付いてもらえるよう声を上げた。
僕が泣くとマサ兄は『晴人は泣き虫だな。』と言いながらも僕の涙を拭って、今度は離れないように手を繋いで僕を引っ張ってくれる。
そんな優しいマサ兄の事が年を重ねても僕はずっと大好きで、それは敬愛でも家族愛でもなく、まごうことなき恋だった。
僕は小さい頃からマサ兄に恋をしていた。
だから小学校以降同じ学校に居れない事を僕は深く悲しんだ。
僕がもう少し早く生まれていたら…そうすればマサ兄とは学年は違っても、中学校や高校でも一緒に登下校が出来たのになと何度も思った。
だけどどんなに願っても埋まらない年の差に僕は地団駄を踏んだ。
早く僕は、マサ兄の隣を立てるような人間になりたかった。


マサ兄の周りにはいつも人で溢れかえっていた。
僕はマサ兄にとって特別な存在だとわかっていても、僕よりも素敵な人はそこら中にたくさんいて、いつマサ兄が取られてしまうか毎日気が気じゃなかった。
どんなにマサ兄が僕のことを好きだと言ってくれても、どんなに力強く抱き締めてくれても、僕の不安は尽きることはなかった。


それなのにマサ兄が就職してから2年が経とうとした時、いつものようにマサ兄の部屋に遊びに行くと、マサ兄から本社へ移動になったということを知らされた。
新幹線で2時間の場所にある本社に通うため、マサ兄は実家を出て1人暮らしを始めた。
泣き虫で寂しがり屋な僕を心配してマサ兄は毎日欠かさず電話をしてくれたが、マサ兄の声は聞こえるのに目の前には居ない悲しみや、抱き締めてもらえない寂しさに、何度も僕はマサ兄に弱音を吐いた。
そのたびに『大丈夫だよ』『泣かないで』『好きだよ、晴人』と慰め、安心出来るような言葉を選んで囁いてくれた。
マサ兄も初めての1人暮らしや、本社での慣れない仕事に疲れているはずなのに、全く弱音を吐かず、僕の心配ばかりしてくれるのがさらに僕の胸を苦しくさせた。
4年の壁はすごく大きい。苦しくても辛くても寂しくても僕みたいに簡単に弱音を吐いて相手を困らせることはせず、マサ兄はいつも明るく笑った。

好きで好きで大好きで、両想いなのに僕は満足出来ず、さらに傲慢になっていく自分にもう少し大人になろうと、僕はマサ兄に弱音を吐かなくなり、電話やメールも控えるようにした。
最初は辛かったが徐々にそれにも慣れていき、少し長い休みの時に帰ってきたマサ兄と会えるだけで僕は満足できるようになった。
そんな自分に少し大人になれた気がした。
だけど、マサ兄が1人暮らしをしている家に遊びに行った時、たまたま会ったマサ兄の同僚の人が『雅也(まさや)っていっつも弱音ばっか吐いてるネガティブだし、あんな情けない男で晴人くんはいいの?』と聞かれた時、頭が真っ白になった。
僕は何十年もずっとマサ兄と居るが、マサ兄の弱音なんて聞いたことが無い。
いつも強くてカッコ良くて優しくて笑顔で、そんなマサ兄しか僕は知らないのに、この人は僕の知らないマサ兄を知っている。
そのことが悔しくて、羨ましくて妬ましくて、負の感情が再び僕の中に渦巻き、また僕は満足できなくなった。
いつでもどんな時でも頭の片隅にはマサ兄がいて、今何をしているのか、誰かと一緒にいるのか、僕を捨てないか、勝手な被害妄想が次々に頭に浮かぶ。
だけどマサ兄には迷惑をかけたくなくて、僕はもう自分の中で全て留め、マサ兄には弱音も吐かず、連絡も控えた。


あと1年。
そうすれば僕もマサ兄と同じ社会人になれる。僕もマサ兄と同じ会社を受けて、頑張って本社に行けるようにする。
マサ兄みたいに直ぐには本社に行けないかもしれないけど、マサ兄と一緒に居るためならどんなに辛くても僕は頑張っていける自信がある。

無事マサ兄の勤めている会社からは内定をもらい、学生生活最後の長期休みを使って、初日から僕はマサ兄の家へと転がり込んだ。
朝起きてマサ兄の為に朝食を作り、出来たらマサ兄を起こして一緒に朝食をとる。
今日1日の予定を聞きつつ仕事へ行く支度を手伝い、作っておいたお弁当を渡してマサ兄を玄関までお見送りをする。
そしてマサ兄がいない間に全ての家事をやり、マサ兄が帰ってくる頃を見計らってご飯の支度が終わるように食事を作る。
マサ兄が帰ってきたら一緒にご飯食べ、そのあとは仲良くお風呂に入り、寝る。


いつも通り、仕事から帰ってきたマサ兄と一緒にご飯を食べ、そのあとお風呂に入り終えると、マサ兄に『ここに座って』と言ってソファーに座らされた。
「どうしたの?マサ兄」
「……ずっと考えてたんだ。晴人との将来のこと」
改まったマサ兄の口振りに、悪い予感が頭によぎる。
とうとう僕は飽きられてしまったのか、マサ兄に捨てられてしまうのか、他に良い人がマサ兄の前に現れたのか…
マサ兄の言葉を聞くのが怖くて思わず耳を塞ぎたかったが、マサ兄の真剣な眼差しに、それはしちゃいけないんだと我慢した。


「一回だけしか言わないからよく聞いてて…………晴人。小さい頃から今でも、俺はずっと晴人の事が好きです。…俺と、結婚してください」
差し出されるキラリと輝く指輪に思わず驚きの声が漏れ、一瞬意味を理解出来なかった。
だけど意味を理解すると同時に昔のマサ兄とのやり取りが頭の中にフラッシュバックした。
結婚の意味も、左手の薬指の意味もわからず、マサ兄と一緒に居たいがために受けた小さい頃に交わした約束。

「今回のは本物だから…。昔みたいな仮のじゃなくて、給料3ヶ月分で買った本物の指輪」
マサ兄があの時の約束を今も覚えていてくれた事に目を見開き、嬉しくて僕の声は上手く出てくれない。
さっきから涙が止まらず、抑え付けていた感情が爆発し、嬉しさや安心感からたくさんの涙が溢れ出る。

左手をマサ兄に出すと、無言でマサ兄は僕の左手をとり、薬指に指輪を嵌めてくれた。
今、僕の指にはこれからもずっとマサ兄と一緒に居れる確かな証がここにある。
そのことが何よりも嬉しくて、誇らしくて、泣きながらも僕は笑顔になった。



「はい。…こんな僕ですが、よろしくお願いします」







補足

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