短編2 | ナノ


▼ おじいちゃんといっしょ

妻の文枝(ふみえ)さんと、4人の子ども達。
6人で貧しいながらも、俺たち家族は元気に暮らしていた。

いつも我が家には笑顔が絶えず、いつでも明るい雰囲気が流れている、そんな家。
文枝さんや子ども達の為に俺は懸命に朝から晩まで仕事に励み、
文枝さんも、子ども達が学校へ行っている間は外にパートへ出て、家計を助けてくれた。
忙しく、家へ帰る頃にはクタクタに体が疲れ果てている毎日。
だけどそんな状態でも、文枝さんや子ども達の顔を見れば、それはいとも簡単に吹き飛び、
『明日からも頑張ろう』という気力が湧いた。
騒がしく、だけど楽しい毎日。


そんな生活も、気付けばもう30年以上も前の話。
長男は高校を卒業して直ぐに職に就き、家を出た。
それに続いて次男、長女、次女と次々に社会人になり、家を離れて行った。
子ども達は皆良縁に恵まれ、俺には孫が9人もできた。
どの孫達もとても可愛く、息子や娘には『甘やかしすぎだ』とよく怒られる程。

1番下の娘の子どもはもう高校生だが、おしめや子守などを引き受けた日々が、つい昨日のように思い出せる。
楽しかった思い出や嬉しかった思い出、どの記憶も色褪せず、何年経っても俺の中に残っている。


子ども達が自立し終え、俺が定年退職を迎えた時、久しぶりに文枝さんと2人きりで出掛けた。
文枝さんとはお見合い結婚で、結婚して直ぐに長男を身籠った。
それから数十年。ずっと忙しい毎日を過ごしていたので、文枝さんとのデートはもしかしたら初めてだったかもしれない。

文枝さんとの楽しい日々もあっという間だった。
俺が定年退職してから8年後、文枝さんは病気で、先にこの世を去ってしまった。

賑やかで楽しかった我が家には、今は俺と犬の花子(はなこ)の1人と1匹だけが暮らしている。






「花子ぉ、そろそろ散歩に行くか?」
「わん!」
「そうかそうか。じゃあ行くか」
朝と夕方の2回、花子の散歩へと出掛ける。
丁度その時間帯は学生達の帰宅時間と重なり、制服をきた子達とよくすれ違う。
いつもの散歩道である公園に入ると、花子は「わんわん!」と叫んで、リードを引っ張った。
リードを離してやると、一目散に公園のベンチに座る学生へと花子は走り出した。
ゆっくりと花子と学生の元に近付くと、学生に身体を持ち上げられた花子はペロペロと学生の顔を舐めていた。

「相変わらず花子は祥太(しょうた)くんの事が好きだなぁ」
よしよしと花子を撫でると、返事をするように1度だけ「わん」と吠えた。

「こんにちは、河口(かわぐち)のお爺ちゃん」
「こんにちは、祥太くん」
祥太くんの隣に座り、「今日は何か進展はあったかい?」と声を掛けると良い事があったのか、ニコリと満面の笑みを浮かべた。

「ちょっとだけ良い事あったんです」





その日も俺は花子と日課の散歩に出掛けていた。
雨の中でも元気に歩く花子に引っ張られながらも、いつもの散歩道である公園の中を通った。
すると1人の学生が、公園にある大きな木の下のベンチで雨宿りをしているのが目に入った。
「くぅーん」と足元で吠える花子の頭を撫で、「行くか!」と言うと、途端に元気になり、花子と共に学生の元へと向かった。

「何かお困りですかな?」
「え?…あっ…いえ大丈夫です…」
「これからさらに雨が強くなると、さっき家から出る前に見たニュースで言っておりました。
雨が止むまで、この老人とお話しでもしませんか?」
ここから10分程歩いた所が我が家なので是非
と言うと、怪しんでいたが、俯きながらも軽く頷いてくれた。



年は17。名は西宮(にしみや)祥太。
隣の市の高校に通う、高校2年だと教えてくれた。
最初は何を聞いてもだんまりだったが、娘や息子、そして孫の話あたりまで話していると「ふふ」と小さく笑う声が聞こえた。
それに快くし、「この前孫が来てくれたんだが、そいつは料理がめっぽう下手でな。野菜炒めが真っ黒だった」と言うと、堪えきれず祥太くんは「はは」っと声を上げて笑った。

「でもこんな老いぼれの為に作ってくれた料理だから、一欠片も残さず食ってやった」
「お孫さんも優しいですが、お爺さんも凄く優しいですね」
「ああ、どの孫も可愛いが、1番下の子どもは俺の事が大好きでな、それがもう可愛くて可愛くて仕方なくてな」
小さい頃なんて「じいじ抱っこ」って言ってよく抱っこさせられた
と言うと、祥太くんは優しい笑みを浮かべた。

「祥太くんも何か話してくれないかい?」と聞くと、ポツリポツリとだが少しずつ話し始めてくれた。



『高校からの友達…名前は隅木智光(すみきともみつ)って言うですが、そいつの事を好きになっちゃったんです。
元々自分が男の人しか好きになれないってのは自覚してたんです。
だけどまさか友達を好きなるとは思ってなくて、叶うわけないからって諦めようとしたんです。…でも諦められなくて。
離れようとしても、友達という関係が居心地が良くてズルズルと…
辛くて、苦しくて、…でも一緒にいたくて…』
悩む祥太くんに少し考えた俺は
「何もしてないのに諦めるのは勿体無いと思うぞ。時期を見計らって、1度だけでもいいから、勇気を振り絞って告白してみたらどうだろう?」と提案した。
目を見開き、必死に首を横に振る祥太くんに「大丈夫、大丈夫。この老いぼれに任せておけ」と言い、その日から俺は祥太くんの恋の応援を始めた。


まずは胃袋を掴めということで、我が家で祥太くんとお弁当作りに励んだ。
味見と称してパクパクと食べてしまう祥太くんに「あげる分がなくなる」と叱ると、小さい子どものように「美味しくて…つい…」とショボくれた。
その姿に孫達を思い出し、「また作ればいい。好きなだけ食べなさい」と祥太くんを思わず甘やかしてしまう。

料理を作る時もあればお菓子も作り、得意であるおはぎを作った時は、祥太くんの顔がとろける程の出来栄えだった。

祥太くんから好きな人との進展を聞きつつ、久しぶりに賑やかなで楽しい毎日を暮らしていた。






その日はいつもより清々しい朝だった。

花子と共に日課の朝の散歩へと行った時、近隣の小学生達が横断歩道を渡っているのが見えた。
楽しそうにきゃっきゃとお喋りする小学生達を微笑ましいなと眺めていると、横断歩道に車が近付いてきたのが、遠くから見えた。
よく見てみると、運転手は電話をしながら左側を向き、何か操作を行っていた。
前を見ていない運転手に気付いた俺は、花子の首に繋がれているリードを手から離し、年老いた身体に鞭を打って走った。




次に目を覚ますと、四方八方真っ白な世界だった。
ここはどこだ?と歩いていると、川らしきものが見えてきた。
近付くと向こう岸に人の影があり、目を凝らして見てみると、その人はこちらに向かって手を振っていた。
さらにジーッと目を細めて見たことで、ようやく誰だかわかった。

「文枝さん!?」
「お疲れ様ぁ!さぁ、一緒に行きましょー」
声をかけてくる文枝さんに、俺は驚きながらも徐々に理解した。
俺は死んだんだ。
文枝さんの元へ行きながら、生きていた頃の事を振り返り、昔を思い出した。
あんな事やこんな事があった。
楽しかった。辛かった。嬉しかった。苦しかった。…だけどいつも幸せであった。

心残りはもうない。
そう思い、1歩1歩進んでいた時、頭の中に「河口のお爺ちゃん!」という祥太くんの声が聞こえたような気がした。
ああダメだ。
俺にはまだやらなきゃいけないことがあるんだった。

向こう岸にいる文枝さんに聞こえるように、「文枝さんごめーん!俺にはまだやることがあったー!」と言うと、文枝さんはニッコリと笑い
「行ってらっしゃーい」と言われた。
俺は来た道を全速力で戻った。





「わん!わん!」
「んっ……花子…くすぐったいぞ」
今日はいつもより身体が軽い。
起き上がるだけでも時間がかかるのに、今日は直ぐに起き上がれた。
花子を撫でてから顔を洗うため、洗面所へ行き、鏡を見た俺は一瞬止まり、また直ぐに動き出した。

水で顔を洗い、タオルで顔を拭いた頃には全てを思い出した。

「花子。久しぶりだな。
さっきな、文枝さんにあってきた。むこうで元気に暮らしていた」
「わん!」
俺はまた現世に戻ってこれたらしい。
だけどその姿は老いた姿ではなく、若々しい10代の自分になっていた。


「花子!散歩にでも行くか!!」
「わぉーん!」


→お爺ちゃんは見守った

→お爺ちゃんは愛されていた

→お爺ちゃんは受け止めた

→お爺ちゃんは新しい人生を始めた

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