短編2 | ナノ


▼ 十代の自分にさようなら2

リクエスト


髪をバッサリと切り、
『可愛い』と言われたいがためにしていた女装も、俺は一切しなくなった。
その事に姉はおかしいと気付きながらも、何も聞かず、俺をソッとしておいてくれた。




「晶ー…。ちょっといいかな?」
いつの間にか仕事から帰ってきた姉は部屋の扉を開け、顔だけを覗かせた。
小さく「ん」と返事をすると、部屋へと入り、ベッドに寝ている俺に近付いてきた。

髪のこと?女装のこと?
それともイベントのこと?
何の用事かわからず、思い当たる物を何個か頭に浮かべた。
だけどそのどれもが、姉に聞いて欲しいと思う反面、言い出す勇気がまだ俺にはなかった。

俯きながら姉が話し出すのを待っているとポツリと
「嫌だったら『嫌だ』って言ってね、お姉ちゃん頑張るから」と言い、何のことだ?と顔を上げると、姉は申し訳なさそうな顔をしていた。

「…私の上司の姪がね、もうそろそろ誕生日なんですって。
それで何を買えばいいのかわからないから、晶に買い物に付き合ってほしいって言ってるの…」
「?…なんで俺なの?それにその上司さんと俺、会ったことないよね?」
「あー…ほら!晶って保育士目指してるじゃない?
それで子どもに関して詳しそうな人が、晶ぐらいしかいないんだって。
…その…晶が嫌なら断ってくれていいからね?晶にしてみれば全くの知らない人だし…」
いつもハキハキし、自由奔放な姉にしては珍しく何か引っ掛かったような言い方に、俺は首を傾げた。

「姉ちゃん何か隠してない?」
「え!?いやいや何も!
とりあえず伝えたからね!行くも行かないも晶の好きでいいから!」
慌てて部屋から出ようとする姉に俺は待ったをかけた。

「俺はいいよ。姉ちゃんの上司さんだし、好印象持ってもらえば、この先姉ちゃんも仕事やりやすくなるでしょ?」
俺の返事を聞いた姉は「ありがとう」と言いながらも、何故か口元は引きつっていた。





いきなり上司さんと2人きりで出掛けるのは緊張するし、もちろん姉ちゃんも一緒に来てくれるんだよね?と聞くと「え?」と驚かれた。

「だから明日姉ちゃんも一緒に来てくれるんだよね?」
「え?いやー…それは私が怒られそう…」
「怒られる?なんで?」
口ごもる姉に俺はハテナマークを頭に浮かべ、「最初だけでいいから」と頼み込むと、少し考えた後、渋々とだがしっかりと頷いてくれた。

上司さんの話になると姉の態度があからさまに変わることを疑問に思いながらも、久しぶりの外出に、俺は少しだけ胸を踊らせた。






「こっちが弟の宇佐美晶で、こっちが上司の田宮悠真(たみやゆうま)さんです」
「初めまして晶くん、君の話はお姉さんからよく聞いてるよ」

待ち合わせ場所であるカフェへと入ると、キッチリと髪が整えられ、コーヒーを飲む、スーツ姿の紳士的な男性が1番初めに目に入った。
姉もその人が真っ先に目に入ったらしく、その男性の元へと真っ直ぐ進み、
「おはようございます…」とおずおずと声をかけた。

こちらを振り向いたその人は俺と姉を見た瞬間ニコリと微笑み「やあ」と挨拶をされ、俺はハッと我に返り、慌ててペコリとお辞儀をした。

何を話せばいいのかわからず、椅子に座ってからも緊張でソワソワしていると、見兼ねた姉が間に入り、とりあえず互いの簡単な自己紹介をしてくれた。

「今日はお役に立てるかわからないですが、できる限りお力に添えられるよう頑張ります」
「ありがとう、晶くん。すごく助かるよ。
…それより宇佐美?お前今日用事があるって言ってたよな?」
とても優しそうな人でホッと安心し、少しだけ身体の力が抜けて行った。
反対に田宮さんに声をかけられた姉はビクリと肩を揺らし、視線をあちこちへと彷徨わせた。
そんな姉を心配しつつ、田宮さんは優しい微笑みと声色で
「ほら、行かなくていいのか?」と聞くと、
「ごめんね、晶!お姉ちゃん用事があるから、もう行くね!!!」と言って、慌ててお店を出て行ってしまった。

姉から田宮さんに視線を戻すと、田宮さんも俺と同様に不思議そうな顔をしていて、俺と目が合うとクスリとお互い笑いあった。

「お姉さんどうしたんだろうね?」
「さぁ?」
「はは。じゃあ俺等も行こっか」と立ち上がり、俺達も動き始めた。






おもちゃ屋さんや、女の子が付けるような髪飾りが売っているお店。
その他手当たり次第に女の子が喜びそうな物が売っているお店などを回り、「これが良いんじゃないか」「あれが良いんじゃないか」と、
田宮さんと話しながら買い物を進めた。

「こういうのとか可愛いくて、多分女の子は好きだと思いますよ」
クマのぬいぐるみを両手で持ち、「どうですか?」と田宮さんに見せると
「確かにすごく可愛いね」と俺の目を見て言われた。
目を見て言われたので、自分に『可愛い』と言われてるんだと錯覚を起こし、少し顔に熱がたまった。

「姪っ子さんの年頃ならぬいぐるみも好きだと思います」
顎に手を当て、俺の言葉に軽く頷いた田宮さんは、俺が手に持っていたクマのぬいぐるみを受け取り、そのままレジへと持って行った。
他にもウサギやリスなど、色んな動物のぬいぐるみが売っていたが、悩まなくてよかったのかと不安に思い、慌ててレジへと並ぶ田宮さんの元へ行き、服の裾をくいっと掴んだ。

「どうしたの?晶くん?」
「それでいいんですか?他にもウサギやリスなど、可愛いのはたくさんありますよ」
「晶くんが選んでくれたからこれでいいかなって…これじゃダメかな?」
こういうの本当に俺にはわからなくて、毎年姪っ子の誕生日は1人で困ってるんだ…

田宮さんの言葉に全力で俺は首を横に振った。
すると優しく微笑み
「ラッピングもしてもらうから、向こうのソファーで晶くんは待ってて」とソファーへ行くよう指示された。
ソファーへ向かいながら、毎年姪っ子の為にお店で悩んでいる田宮さんを想像して俺はクスリと笑った。
デキる大人を現実にしたような田宮さんが、姪っ子のために悩む姿は少し面白いなと思いながら田宮さんを待った。






「今日は本当にありがとう。
何を買えばいいかわからなかったから、本当に助かったよ。
それに可愛い晶くんとデートできて楽しかったな」
突然の言葉に飲み物が変な器官に入り、むせ返った。

「か、可愛い?」
「うん、可愛い」
何の迷いもなく告げられた言葉に俺は驚き、田宮さんをまじまじと見たがすぐに軽く俯いた。

「俺は可愛くなんて無いですよ…」
俺は可愛くない。
男だし、ゴツイし、身長はあるし、
可愛いはずがない。

「何があったのか俺にはわからないけど…、晶くんは俺にとってすごく可愛いよ」
ぽすんと頭の上に手が置かれ、優しく頭を撫でられた。
この人にならと、姉ちゃんには結局言えなかった話を、田宮さんには告げられた。

全てを聞いてくれた田宮さんは
「晶くんは可愛いよ」と目を見てハッキリとそう言ってくれた。
その言葉に涙が零れた。
必死に『可愛い』と言われたいがために女装を始め、女装をやめた今はもうその言葉は聞けないと思っていた。
年下の俺に対しての『可愛い』で、ニュアンスは違うが、それでもまたその言葉を聞けた。
その事が嬉しくて、嬉しくて目の前がボヤける。

「ありがとう、ございます…」
「いやいや本心だよ。
それより宇佐美が晶くんに『可愛くない』って言ったのは多分勘違いだと思うよ。
宇佐美はいつも晶くんの事を「可愛い」と自慢して、最近は「綺麗になった。」「私よりも美人で、悔しい」って言ってるんだよ?
そんな宇佐美が晶くんの事を可愛くないなんて思ってるはずがないよ」

優しく微笑む田宮さんに、
俺はもう場所も弁えずボロボロと涙を流した。







補足

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