短編2 | ナノ


▼ あなたを愛しましょう

「…っま!ご……なさ…」
耳の近くで誰かの懇願する声が聞こえ、ゆっくりと目を開いた。
重たい瞼を少しずつ開き、最初に目に入ったのは天井だった。
真っ白く、高い位置にある天井だけで、何と無くこの部屋は広いんだろうなという予想がついた。

相変わらず声が聞こえる横へと顔を動かし、視線を下へ向けると、綺麗な金髪の後頭部が見えた。
もぞりと身体を動かしたと同時に金髪さんは即座に顔を上げた。
その顔は赤く火照り、目元にはたくさんの涙を溜め、ほっぺたには泣きあとが付いていた。
天使かと見まごう程の可愛い金髪の子どもの泣き顔にギョッと驚いていると、次の瞬間には震えた声で「僕のせいで…、ごめんなさい」と金髪くんは叫んだ。



どうすればいいのかわからず、なんでこの子は泣いているのかと混乱する頭で懸命に考えながらも、身体を軽く起こし、金髪くんの頭を撫でた。
しゃくり上げながらもずっと「ごめんなさい」「僕のせいで」と呟くのを見ていられず、「大丈夫だよ」と言うと、さらに大きな声で泣きはじめた。

全然泣き止まない金髪くんにこっちまで泣きそうになっていた時、急に大きな音が聞こえ、そちらへと顔を向けると、金髪のオーラのある美形が神妙な顔をして扉を開け、入ってきた。
そして俺と目が合った瞬間大きく目を見開き、足早にこちらへと近付いてきた。

「はっ、生きてたのか。そのまま死んでしまえば良かったのに。
…まぁ、あのまま死なれたら、ただでさえ衰弱気味のエドが、さらに罪悪感で身体を壊すところだったがな」
ベッド脇で泣いている金髪くんを抱き上げ、あやしながら何故かギッと睨みつけられた。

「話を聞けば、自分で足を滑らせて頭をぶつけたとか。アホ、極まりないな。お前のせいで今までエドがどれだけ苦しんだことか…」
「…父様。僕が、悪いんです。僕がお花が咲いたからってお庭に無理矢理連れて行ったから…」
「大丈夫だ、エド。お前は悪くない。悪いのは足元をちゃんと見ていなかったこいつのせいだ。……さっきからずっと黙ったまんまで、仮にもエドの母親であるお前からは何かエドに言うことは無いのか。」


「ちょ、ちょっと待ってください!あの…え?どういうことですか?さっきから全然意味がわからないんですが?」
「口を開けばおかしな事を言いやがって、頭を打ってご自慢の皮肉の1つも言えなくなったか?」
目が覚めてから俺は何1つ理解出来ていない。
そもそもここは何処なんだ?
俺は確か、自分の部屋で夜を過ごしていたはずなのに、何故こんな所に俺は居るんだ?


「多分、俺はあなた達が知っている俺じゃないかもしれないです。…俺自身、今とても頭が混乱しているので、少し状況を整理させてもらってもいいですか?」
ようやく向こうも俺の様子が本当におかしい事に気付いたのか、何処か不思議そうな表情を浮かべた。

「お前…誰だ?ナオじゃないのか?」






金髪くんもようやく泣き止み、いつの間にか泣き疲れて眠ってしまった。
寝ている子どもをずっと抱きかかえているのは疲れるだろうと、金髪くんをさっきまで俺の使っていたベッドに寝かせた。

「今の話を信じてもらえるかはアゼルさん次第ですが、俺は同じ"ナオ"でも別世界の"ナオ"です」
「実に不思議な話だが、俺の知っているナオは俺に敬語なんて使えねぇし、自分が1番偉いと思ってる性格ひん曲がった奴なんだ。…だから今のお前とは似ても似つかない」
鏡で見た自分の姿は寝る前の俺と変わった様子は無く、こちらの世界の"ナオ"さんと同じ、俺の名前も"那央(なお)"だった。
だけどアゼルさんから聞いたナオさんは俺とは全く違う性格だった。

この世界では黒髪黒目は高貴な存在で、生まれた時からナオさんはずっと甘やかされて育ち、性格がひん曲がった自己中野郎だったらしい。
大きな国の王子で、アゼルさんの国と和平を組むため、政略結婚し夫婦の関係だったが、お互い仲が悪く、顔を合わせるたびに皮肉の言い合い、睨み合いの毎日だったそうだ。

夫婦の関係と言っても、世継ぎのために初夜だけ身体を交わらせただけで、他は夫婦らしい事は何1つしていなかった。
奇跡的にその最初で最後の身体の交わりでエドくんを妊娠し、それ以降は身体の関係もなく、広い城の中で別々に生活を送っていたそうだ。

そしてアゼルさんがナオさんの1番気に入らない所は、我が子であるエドくんに愛が無いこと。
腹を痛めて生んだエドくんを1度も抱くこともなく、生んですぐに乳母にエドくんを押し付けた。
「自分の役割は果たした」と言い、エドくんを可愛がることもなく、反対にエドくんを嫌っていた様子もあったそうだ。

嫌われていても母親は母親で、エドくんは母親であるナオさんの事が大好きだった。
そしていつも不機嫌なナオさんに少しでも笑顔になって欲しいと、綺麗に咲いた花を見せようと無理矢理庭に連れて行く途中で、ナオさんは道でつまづき、頭を打ってしまった。
その日から1週間、ナオさんは目を覚まさず、エドくんは自分の責任だと四六時中泣きながらナオさんの隣を離れず、徐々にエドくんは衰弱していった。



よく見れば寝ているエドくんの目元には隈があり、子どものエドくんにそれは不似合いだった。

「俺の居た世界との常識と全く違い、正直驚くこともたくさんありますが、エドくんは俺の子どもってことでいいんですよね?
それじゃあ元の世界に戻れるまでで良いので、俺がナオさんの代わりにエドくんを愛してもいいですか?」
俺の言葉にアゼルさんは目を見開き、そのあと優しく笑った。

「エドはずっと母親に愛されたいと願っていた。だからお前が嫌でなければ、この子を目一杯愛してあげて欲しい」


「はい」と返事をし、赤くなっているエドくんの目元をさすっていると、ゆっくりエドくんの目は開かれ、俺をとらえた。

「母様…」
不安気な声を出すエドくんに「どうしたの?もう少し寝ててもいいよ?アゼルさんから聞いたけど、全然寝てなかったんでしょ?」と優しく返すがエドくんは起き上がり、また目から涙を零した。

「母様、ごめんなさい…」
またも呟くその言葉に、ギュッと胸が締め付けられ、痛くなった。

「…泣かないで、そんなに泣かれると俺も悲しくなっちゃう。俺はもう大丈夫だからエドくんは笑って」
優しくエドくんを抱き締めると、恐る恐るとだがエドくんも俺の背中に腕を回した。

「エドくん、ずっと心配してくれてありがとう。エドくんが元気になったら、お庭に咲いた綺麗なお花、一緒に見に行こうね」
何度も頷くエドくんをさらにギュッと抱き締め、「眠くないならご飯食べに行こう?エドくんはお腹空いてない?俺はもうペコペコだよ」
肩から顔を離したエドくんと目を合わせると、さっきまでの泣き顔はなくなり、嬉しそうに笑っていた。

「母様!僕、お腹空きました!」
エドくんの身体を離した代わりに手を繋ぎ、扉へと目を向けると、アゼルさんが扉の前で待っていた。

「エド」
「父様!父様も一緒にご飯食べましょう」
「ああ、少し早いが料理長に言って晩ご飯にしてもらうか」
エドくんの空いている方の手をアゼルさんが繋ぎ、3人で仲良く食堂へと向かった。


あとからアゼルさんから聞いた話だが、3人で食事をするのは初めてだったらしい。
だからあんなにエドくんは嬉しそうにニコニコ笑っていたのかと、あとから納得した。

口の周りに食べカスを付けながらも幸せそうに「父様!」「母様!」と声を掛けてくる可愛い天使を、これからどうやって愛し、甘やかしていこうかと、元の世界へ帰る方法よりもそちらへと考えを巡らせた。







補足

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