短編2 | ナノ


▼ 可愛い×平凡2

「これで皆さん、1人1つは競技に出てますね。…それじゃあ最後に、色別対抗リレーに出る選手を決めていきます。」
委員長の声に、教室は先程よりも大きな声でざわめき立つ。

梅雨があと1週間程で終わりを迎える6月の中旬。
俺達の学校でも、毎年恒例の体育祭が今年もやってきた。

午後の授業を1時間だけ潰し、誰がどの種目に出るかを決めていき、とうとう最後の種目である色別対抗リレーの選手決めまで辿り着いた。
「誰にする?」「お前足速ぇしやれよ」と四方八方、色んなところから声が聞こえてくるが、やはり皆あまりやりたくないのか、誰からも立候補はなく、今までスムーズに決まっていた種目決めが、ここに来て滞りそうな予感がする。
そういう俺も、あまり足が速いとは言えないので周りと同様に、足の速い友達に「お前、出れば?」と声を掛けた。

互いに押し付け合う声が聞こえる中、「俺、出ます」という一声で皆の視線が1人へと集まった。

「謙、お前これも出んのか?出過ぎじゃね?大丈夫かよ」
「そうだよ…。補欠のも入れたら全種目出てるよ?西脇くん」
黒板に書かれている既に決まった種目の欄には、補欠も含めれば全てに謙くんの名前が書かれていた。

「いーのいーの。俺、足の速さには自信あるし。それに補欠が多いだけで、実質3つしか出てないよ俺」
だから、色別対抗リレー出るよ。と言った謙くんに、クラスメート達は互いに顔を見合わせ、その中の数人が自分から「俺も出てみよっかな」と立候補してくれた。
滞るかと思っていたラストの種目までも、謙くんのおかげでスムーズに決まってしまった。


LHRが終わったと同時に解散になり、教室から出る時にチラッと見た謙くんは、女子や男子に囲まれており、その中心でニコニコと笑っていた。

先程の謙くんは相変わらずすごくカッコよかった。
皆が嫌だと思うことを率先して引き受ける、そんな昔から変わらない謙くんの優しさや器のデカさに、俺は昔を思い出し、ポカポカした気持ちになった。
下駄箱でもまだニコニコしている俺に不信がり、「エロい事でも考えてんのか?柳田ー」と声を掛けてきた友達を、とりあえず一発殴っておいた。






小学生の時の運動会は夏休み前から練習を始め、およそ2ヶ月ほど使って練習をした。
中学の時の体育祭は2週間ほど前から種目によっては放課後に残って練習し、体育祭前日には予行練習として一連の流れを本番同様に行った。
高校はというと…、ぶっつけ本番で体育祭は行われた。

『数日前に種目を決めて、もう本番かよ』と、始まって1発目である100m走をボーッと見つめながらそう思った。

「なんていうかさ…小学生の時はこれでもかってぐらい練習したのに、年を重ねるごとに、どんどん楽になってるよな…」
「まぁいいんじゃねー。この年にもなれば、行事に出席してるだけでも偉いって」
「それなー」
ゆるい返事に『そんなもんか』と考え、いつの間にか次の競技が行われていたグランドを見つめ、俺は無意識にため息をついた。
グラウンドには1位になり、友達に頭を撫でられている謙くんがそこにはいた。


本音を言えば俺は謙くんと仲良くしたい。
謙くんの頭を撫でている友達のように俺も親しげに謙くんと接したい。
だけど昔よりも遠くへ行ってしまった謙くんに、俺は全く手が届かず、ただただ謙くんを見つめることしか出来ない。
それに俺が変態女装野郎だとバレて、あの優しい謙くんに嫌悪の目で見られでもしたらこの先、俺は生きていける自信がない。
それぐらい重大なことで、俺にとっての謙くんは小さい頃からの大事な大事な友達だった。




団体競技や応援合戦とたくさんの競技が終了して行き、午後の最初の種目は俺の出る借り物競争だった。
指定された場所へ行き、並んでいると、後ろの方がザワザワしており見てみると、そこには謙くんがいた。
俺の記憶では謙くんはこの種目に出てなかったはずなのにと思考を巡らせたが、『あっ』と思い出した。

「そうだ…今日は吉川くんがお休みだったや」




「よーい、どん」
その声と同時に走り出した俺は、周りに遅れをとりながらも、6つある中の1つのボックスに入り、中にある物を見て顔を歪めた。

この学校の借り物競争は、ただの借り物競争じゃない。
仮装付きの借り物競争。
先程の女子の部では着ぐるみ、猫耳、ニーハイなど、普通の物ばかりだったので油断していた。

今、俺の目の前には少しスカートが長めのメイド服が飾られていた。
マジかよとウンザリしながらも着にくいメイド服を急いで着て、外へ出ると、他の選手達はチャイナ服、ナース服、バニーなど様々な女装で、自分だけ恥ずかしい姿じゃない事にホッと胸を撫で下ろした。

「似合わねぇー!」という笑い声や、「頑張ってー」という応援の声が聞こえる中、地面に落ちている紙を拾い、中身を見ると、無難な『眼鏡』と書かれてあった。
眼鏡をかけている友達の元へ走り寄り、眼鏡を受け取ってからメイド服という動きにくい服だが頑張って走ったことで、3位というまぁまぁな結果だった。
第2走者、第3走者と順々に競技は進み、俺らの学年の最後の走者であるオオトリには謙くんがいた。

位置に着いた謙くんを見つめると一瞬だけだがバチッと謙くんと目が合った。
『えっ?』と驚いているうちに直ぐに謙くんは前を向いてしまったから、本当に俺を見ていたのかは定かではないが、多分謙くんと目が合った。


ピストルの音と同時に走り出した謙くんは1番にボックスの中へ入り、それに続いて他の走者達も次々にボックスの中へ入って行った。
けれど1番目に出てきたのは、ボックスに2番目に入ってきた走者で、次々にボックスから出てくるが、謙くんはなかなか出て来なかった。
最後にボックスに入ってきた走者が出て行ってから数分後、ようやくボックスから謙くんが出てきた。
それと同時に周りの歓声は凄まじいものになった。

「可愛い!!!」
「超似合ってる」
「女にしか見えねぇ」
ボックスから出てきた謙くんは短めのセーラー服で、頭には長髪のウィッグが付けられていた。
歓声は最高潮になり、今まで笑いだらけだった声が、全て謙くんへの賞賛の声へと変わった。

俯きながら走り、地面に落ちている紙を拾って中身を見た謙くんは、その場に立ち尽くした。
困ったように考え込み、少し顔を上げて目を配らせた謙くんと、今度こそしっかりと俺はバチリと目が合った。
そのまま真っ直ぐ謙くんはこちらへと近付き、気付けば俺の目の前まで謙くんはやってきた。

「ごめん。その…ついてきてくれる?」
そう言った謙くんに俺は驚きながらも立ち上がり、謙くんに腕を引っ張られながらも足の早い謙くんに必死で着いて行った。


1番最後にボックスから出てきた謙くんだったが、自分の番が終わり、ゴール付近に待機していた俺の所へ来ていたので、ゴールには1番に辿り着いた。
判定者の生徒に紙を見せた謙くんは再び俯き、判定者は紙と俺を交互に見て、目を見開きながらも合格のサインを出した。

最後に「ありがとう」と俯きながら謙くんにお礼を言われ、謙くんは1位の列に連れて行かれ、俺は元の3位の列へ戻った。





「お疲れー、柳田ー。」
「ぶっは!その格好超ウケる」
「うっせー!」
競技が終わり戻ると、案の定友達にからかわれた。
眼鏡を返し、「俺着替えてくるからー」とその場を離れようとした時、「可愛い」「ヤバイ」と盛り上がっている声が聞こえ、歩きながらそちらを見ると、謙くんがクラスメート達に囲まれていた。

「どっからどう見ても女の子にしか見えないよ!!」
「俺、お前なら男でもイケるわ」
「着替えるの勿体無いし、今日はそのままで居なよ」
褒める声やカミングアウトなど、様々な声が聞こえる中、ずっと黙って軽く俯いていた謙くんは勢い良く顔を上げ
「可愛いのは千明ちゃんだよ!!!!」と言った。

その瞬間皆が「え?」と固まり、それが聞こえた俺も足を止め、「え?」と呟いた。

「ちあきちゃん?」
「誰?」
ザワザワしている皆に続けて、
「やっぱり千明ちゃんは昔と変わらずすっごく可愛いのに、俺がこんななよなよしてて頼りないから」と十数m先にいた俺をジッと見つめ、謙くんはそう呟いた。

ハッとした俺は謙くんに近付き、囲まれている謙くんの腕を掴んで走り出した。






校舎の中へ入り、教室に人が居ないのを確認した後に振り向いて、謙くんを見た。

「謙くん…」
「何?千明ちゃん」
「……謙くんはいつから気付いてたの?その…俺が千明だって」
ジッと俺の目を見る謙くんは「最初からだよ」と言った。

「俺、男だよ?あの時みたいに女装してないのになんでわかったの?」
「俺知ってたよ。千明ちゃんが男の子だって。仲良くなって直ぐぐらいに母親に教えてもらった」
目を見開き、驚く俺とは違い、謙くんは悲しそうな顔をした。

「…千明ちゃんも俺のこと覚えてくれてたんだ。…嬉しいな。昔の俺とは全然違うから、千明ちゃんは俺のことわからないと思ってた」
昔は幼稚園で1番背が高かったのに、周りの奴等にどんどん身長は追い抜かされるわ
皆に『可愛い。可愛い。』言われるわ
変わった俺に、いつかまた千明ちゃんに会えたとしてもガッカリされるだろうなって
俺だってわからないって、思ってた。

「ごめんね…突然。借り物競争の時に来てもらったり、さっきも千明ちゃんがこっち見てるってわかってるのに皆から「可愛い。可愛い。」って言われてテンパって、千明ちゃんの名前、口走っちゃって…
でも最後に…ワガママだけど、これだけは知ってて欲しいんだ」
そう言って取り出したのは、借り物競争の時の紙だった。

「俺がいなくなってから開けてね。俺は本気だから」
ガラガラと扉を開けて出て行く謙くんを俺はボーッと見つめ、数分経ってから自分の手の平に置いてある、謙くんから渡された紙を広げた。



『好きな物(人)』







補足

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