短編2 | ナノ


▼ セクハラ無口×照れ屋

何の気なしにふと空を見上げた時、
空の広さに驚いた。
空の高さに驚いた。

都会の環境では、星なんてほとんど見えないが、それでも空と月と雲の美しさに、仕事で疲れていた俺の心は癒されていった。

手が届かない程遠くにある、まん丸な月を見上げ、いつかぶりに心が洗われていくのが自分でも感じる。

俺はこの空の美しさに、魅了されてしまった。








目を覚ますと見知らぬ天上が目の前にあった。
ゆっくりと身体を起き上がらせ、周りを見渡しても、やはり見知らぬ場所で、ここは何処なのかと不安になる。
懸命に昨日の事を思い出そうとしても、あまり思い出せず、あと少しで思い出せそうという時に、ガラガラと扉の開かれる音がした。
音の聞こえた方を見てみると、背の高い、大柄な若い男が俺を見つめ、ポツリと『起きたのか…』と呟いた。

「ここはあなたの家ですか?あの…何故俺はここに…?」
男は感情の読めない無表情な顔のままコクリと頷いた。

「寝ていたから、拾った」
男の言葉にやっと俺は昨日の事を、少しずつ思い出してきた。


空の美しさに魅了された日、俺は仕事をやめ、田舎へ行こうと決意した。
仮にも社会人が無責任に仕事をやめることや、せっかくついた定職を辞めることに少し迷いはあったが、それでも俺はあの空の美しさに気持ちを救われた。
だから新しいこれからの道を進もうと、決意を固め、次の日には辞表を出し、俺は有り金全てと、必要最低限の物を持って北へと向かった。

電車を乗り継いで北へと向かったはいいものの、目的地は定めておらず、適当に降りた駅からひたすら歩いているうちに、どんどん奥地へと入り、俺はいつの間にか道に迷ってしまった。
右を見ても左を見ても山だらけで、やっと人が住んでいそうな場所に出ても、隣の家まで1km間隔で、民宿など人が泊まれそうな場所は、一切見当たらなかった。
ようやくバス停を見付けても、1日に1本しか通っておらず、時間はとっくのとうに過ぎていた。
俺は暗くなった空を見上げ、『今日は野宿しかないか』と諦めた。

屋根付きのバス停留所なのは正直助かった。
もし雨が降ってもここなら気にせず一晩寝ていられる。

バス停留所のベンチに座り、膝を抱え、少しでも暖を取ろうと丸くなる。
かじかむ手に温かい息を吹きかけ、手をこすり合わせれば、ジンワリと少しずつ温かくなり、身体も少しだけだが温かくなったような気がした。
今日1日ずっと北へ向かって歩き続けていた疲れもあって、徐々に俺の瞼は下がっていった。

そして目を覚ました時、俺の目の前には見知らぬ天井があった。





「あんな所で寝ていると、凍え死ぬ。…それか、動物に襲われる。」
「そうなんですか!?…あの、拾って頂いて、ありがとうございます。」
「…気にするな。俺がしたくてしたことだ。」
そう言って男は何処かへ行ってしまった。
よくよく自分の格好を見てみると、見たことが無い服を着ており、昨日まで俺が着ていた服を探してみたが、何処にも見当たらなかった。
仕方ないので布団を畳み、部屋の端の方に寄せてから、男が行った方向へと俺も向かった。

扉を開けると美味しそうな香りが部屋中に漂い、テーブルの上にはご飯や味噌汁と朝食が2人分用意され、その前には男が座っていた。
男を見ると目で『座れ』と諭し、用意されている朝食の前に座ると、男は小さな声で『いただきます』と言い、朝食を食べ始めた。

これは俺の分でいいのか?と戸惑いながらも、昨日から何も食べておらず、とてもお腹が空いていたので、俺も手を合わせ、小さな声で『いただきます』と言ってから、用意されていた朝食に手を伸ばした。





あれはやはり俺の分だったらしく、お礼も兼ねて洗い物をしていると、後ろから強い視線を感じた。

「何から何までありがとうございました。……あの、どうかしたんですか?」
男は無言でこちらへ近付き、俺の背後に立つと、ムギュッとお尻を掴んだ。

「えっ!?あっ…な、何?」
無言で揉みしだかれているお尻から手を離してもらおうとするが、今俺は洗い物の途中で、泡だらけの手で男の手を掴むわけもいかず、なすがままにされる。

最初は揉むだけだった手が、徐々に形を確かめるような、柔らかい触り方になり、どんどん恥ずかしくて顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかった。

「や、やめてください!!!」
辞める気配が全く見えず、泡を洗い流した手で男の手首を掴み、お尻から離させる。

「…何なんですか?」
「昨日から良い尻だと思っていた」
「だからって突然触るのはやめてください!…その…すごく、恥ずかしいので」
相変わらず無表情な顔のままな男に対して、俺の顔は恥ずかしさで更に熱が溜まる一方だった。

「ああ…次からは、触りたい時にはちゃんと言う」
そう言って男は何も言わず、台所から去って行った。
はぁと深いため息をつき、冷えている両手で火照っている頬を冷やす。
無表情に加えて無口で、男が考えていることがイマイチわからない。
だけど寝ている俺を家まで連れてきて、着替えさせ、その上温かい布団に寝かせてくれるような人だ。
悪い人には到底思えない。

洗い物を再開させたが、男の手の感触が残っており、また俺は顔を赤くした。






あの後男は何もして来ず、あれは本当に触りたかったから触っただけなのかと拍子抜けした。

そして男は俺が昨日着ていた服を洗濯してくれていたらしく、『夕方には乾く。それまではここに居ろ』と一言言って、家の近くにある畑へと男は向かった。
畑から家は見えるが、こんな見ず知らずの奴を家に1人にしておいていいのかと、田舎の常識に驚かされた。
だけどそれだけ危機感がなく、安全な場所だとも言える。

男の作業を膝を抱え、家の中からボーッと見つめ、洗濯物が乾いてからの予定を考える。






「お世話になりました。」
お昼ご飯も男の作った料理を2人で向かい合わせに食べ、『洗濯物が乾いたら出発します』と告げると、男は無表情のままコクリと頷いた。
結局会話はそれ以降無く、俺は夕方になって乾いた服に着替え、荷物を持って玄関でペコリとお辞儀をし、男にお礼を言う。

男が畑で作業をしているうちに民宿の場所を調べていたので、そこまでは歩いておよそ2時間。
今から出ればきっと6時頃には着くだろう。

玄関で自分の靴に履き替え、ガラガラと扉を開け、『さぁ行こう』と歩き出そうとした時、男に手首を掴まれた。

「?どうしたんですか?」
少し眉毛を歪め、俺を見つめる男に、俺は首を傾げる。

「…星は、好きか?」
無理矢理絞り出したような男の声に、『好きです!』と食い気味に答えた。





男の車に揺られながら、俺は自分の事について少し語った。
『俺、大学卒業してからつい数日前まで、都会の方でずっとサラリーマンしていたんです。
給料は結構良かったんですが、俺って雑用を押し付け易いらしく、自分の仕事に加えて、いっつも雑用もしていたんです。
だから朝から晩までずっと仕事、仕事、仕事で、休みどころかプライベートも無くて、風邪を引いてもやらなきゃいけない仕事があるから会社へ行って、睡眠時間が足りなくても、無理矢理自分に鞭打って起きて…、身体的にも精神的にもすごく疲れていたんです。
だけど『仕事が忙しくて疲れているのは皆も一緒だ』って思って、必死に仕事ばっかりしていたんです。
それに元々俺ってすごく要領悪いんですよ。だから多分仕事を忙しくさせていたのは、全部俺が仕事をちゃんと出来なかったからいけなかったんです。
……ずっと『仕事をしなくちゃ』って気持ちでいっぱいだったんです。』
男は真っ直ぐ前を向いて運転しながらも、しっかりと俺の話を聞いてくれているらしく、俺が少し話を止めると、チラッとこちらの様子を窺ってくれた。

『それで久しぶりに仕事が早く終わって家へ帰った時、ふと空を見上げたら、すごく空が綺麗だったんです。
都会なんで星は全然見えなかったんですが、空の広さや高さ、月の丸さ、空に広がる雲。
ずっと当たり前のようにそこあった物なのに、気付く余裕すらなくて、その美しさに気付いた時、『仕事の為に必死こいている自分は、なんてちっぽけなんだろう』って、心がスッとしたんです。
そしてこれからもずっと仕事に追われるより、今まで貯めたお金で、自由に、自分の好きなように生きてみたいって思って、目的も無しにここへ来たんです。』
迷子になって野宿しかけましたが、
今、自分がしたいように自由に生きれて、すっごく楽しいんです。

無意識にニコニコと笑いながら全てを語ると、男は少し頬を緩め「お前は頑張った。…お疲れ様」と左手で俺の頭を撫でてきた。
突然の男の行動に驚いて目を見開いたが、男の言葉に『俺って頑張ったんだ』と徐々に目頭が熱くなった。

目からは次々にポロポロと涙が零れおち、止まらなくなった。

「ありがとうございます…。
多分、俺はずっと誰かに『頑張ったな』って褒めて欲しかったんだなって…今、ようやくわかりました。
俺、仕事頑張ってきて…褒めてもらえて…本当に、よかったです。」
そう告げると、男は無言のまま優しく頭を撫で続けてくれた。



やっと涙が止まり、
『大の大人が泣くなんて』と冷静に考えて恥ずかしくなった。
照れ隠しに「片手運転は危ないですよ」と少し強気に出て、頭の上に乗ったままの男の手を下ろさせようとしたが、その前に男の手は俺の頭から下ろされ、車も止まった。

「着いた」
そう言って車から降りる男に習って、俺も降りると、既に外は真っ暗で、少し肌寒かった。
先に降りた男を見てみると、男は首を伸ばし、空を見上げていた。
俺もゆっくりと見上げた空に、目をキラキラと輝かせた。
届くことがない高い空には、ギュッと敷き詰められた、たくさんの星がそこにはあった。
目の中に収まらないぐらいある星々に、俺は静かに興奮した。

都会では絶対に見れない程のたくさんの星で彩られた空に、感嘆の声も出ず、ボーッと見つめ続ける。
その時間は数分だったかもしれないし、数秒だったのかもしれない。
時間を忘れる程見つめ続けていた俺を現実に戻したのは、男の言葉だった。


「目的が出来るまで、俺の所に居ていい…」
空から目を離し男を見ると、やはり男は感情の読めない、無表情な顔をしていた。

一見すればあまり良い印象を持つはずない男を、今も俺は『良い人だ』という印象から変わることはない。
それは男が俺に、ぶっきらぼうだが、何処か温かい優しさを、ずっと与えてくれていたから。


だからもう少しの間…
俺に目的が決まるまででいい。
その間だけ…もう少し俺は、男のぶっきらぼうだが温かい優しさに、ただただ甘えていたい。






補足

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -