短編2 | ナノ


▼ 布越しにLOVE

突然のことばかりだったから、現状に、上手く心がついて行くことができなかった。

両親と弟の事故死、恋人の浮気。
どちらか1つずつ起こっていれば冷静にいられただろう事柄が、運の悪い事に、両方同時に起こってしまった。


元々小さい頃から俺は両親や弟とは仲があまり良くなく、大学生になった頃には当たり前のように一人暮らしを始めた。
そんな家族とは言えない家族に、いつもの僕だったなら、『可哀想だ』と両親と弟の死をまるで他人事のように思うだけだっただろう。
恋人のことも、最近誘っても曖昧な返事をされ、うすうす僕自身も気付き始めていた。
だからどちらか1つずつならそれほど僕は落ち込む事はなかっただろう。
だけど現状は2つの事が同時に起こってしまい、僕の気は一気に滅入ってしまった。

ぼんやりとした不安や喪失感。
これから自分はどうやって生きて行けばいいのか、それすらもわからなくなり、僕は人生に絶望し、死のうと思った。

今思えばなんて迷惑な話なんだと自分でも思うが、1人ぼっちで死ぬのは嫌だった。
人知れずこっそり死ぬより、誰かに最後を看取られたかった。
だから賑やかなショッピングモールまで足を運び、たくさんの人で溢れているショッピングモールの前の交差点で車に轢かれて死のうと僕は考えた。

何も考えずボーッと歩き、赤信号の交差点まであと1歩というところで後ろから腕を捕まれた。
驚いて後ろを振り返ると、風船を持ったウサギさんが僕の腕をガッチリと掴んでいた。
目を丸くしながら見つめていると、ウサギさんに腕を引っ張られ、ウサギさんの腕の中へと僕は突っ込んだ。
もふもふとした気持ちいい手触りのウサギさんにギュッと力強く抱きしめられ、布越しに感じる温かさに、何か僕の胸にブワーッと湧き上がるものがあった。
どのぐらいの間抱き締められていたかわからないが、ようやく離され時、ウサギさんはいつの間にか流れていた僕の涙を拭い、片手に持っていた大量の風船の中から赤い風船を1つ手渡した。




「昨日ぶりだね、ウサギさん。」
「ウサギさんは何が好き?僕はね、ハンバーグが好きなんだ」
「ウサギさんって大きいよね。180cm位ある?」
あの日から毎日ウサギさんの所へ通い、喋れないウサギさんに僕は一方的に話しかけている。
子ども達が居ない時を狙い、ウサギさんをベンチに座らせ、勝手にお話をする。
ウサギさんと隣り合って座れる時間は本当に限られたほんの少しの時間だけだが、それでもその時間が僕の1日で1番楽しみで、とても幸せな時間でもあった。




数か月前の事が嘘のように、今は毎日がキラキラと輝いている。
こんな風に思えるようになったのも、ウサギさんが僕の命を救ってくれたおかげ。
ウサギさんには感謝してもしきれない。




「宗介(そうすけ)さー、最近また明るくなったよな」
授業の合間に話しかけて来た桐原(きりはら)に僕は『おう』と返事をする。
こいつは僕が恋人に浮気されたことも、僕の家族が死んだことも知り、ずっと僕の事を気にかけてくれていた。

「お前が元気そうになってよかった。その…もしかして、新しい恋人でも出来た?」
「いんや」
へーと何故か嬉しそうに呟く桐原に、僕の意識は既にウサギさんの事でいっぱいになっていたので、気にもしなかった。

「だけど好きな人はいるよ。」
「は?…誰?」
「ウサギさん!!!」
『いつもショッピングモールの前で風船配りしてるんだ』とニコニコと笑いながら言う僕に、桐原は何とも言えない顔をして、『顔も見たことない奴なのに好きなのか?』と聞かれた。

桐原の言葉に僕はその時は何も返す事が出来ず、その日は何となくウサギさんに会いに行くのはやめた。
そしてジックリ、ウサギさんについて考えて見た結果、やっぱり僕はウサギさんの事が好きだと思った。
確かにウサギさんの顔は知らない。
だけどそれでも僕は、ウサギさんの事が大好きだ。

『ウサギさんは一体どんな顔をしているんだろう』
そう思いながら、最近人気だというバラエティー番組を僕はボーッと見た。




「ウサギさん。僕、ウサギさんの顔が見てみたいです」
そう僕が言うと、首をひねった後、ウサギさんは顔の前でバツを作った。

「そっか…。……あのね、ウサギさん。僕はウサギさんの事が大好きです。僕の命を救ってくれたのも、毎日僕の話を聞いてくれるのも、全部大好きです。顔も見たことないのにおかしいと思うだろうけど、それでも僕はウサギさんの事が本気で好きなんです」
言葉にしてみたが、これはしっかりウサギさんに伝わってるのかどうか不安になる。
ぼたぼたと次から次へと流れる涙も気にせず、僕は必死に自分の気持ちを伝えようと話続けた。

僕の涙にオロオロとウサギさんが慌てていると、遠くの方からたくさんの子どもの声が聞こえてきた。
今日はもう、ウサギさんとの2人きりの時間は終わりかと、何か言おうとしているウサギさんを振り切り、僕はその場から去った。





次の日、ショッピングモールの前へ行くと、風船を持ったウサギさんはいたが、僕に気付いても手を振ってくれないことや、動きが違うことで、あれはいつものウサギさんではないと気付いてしまった。

ウサギさんは僕の告白に困って、もしかしたらウサギさんをやめちゃったのかもしれない。
数か月前より落ち込み、目の前が真っ暗になった。
『いやだけど、今日だけ他のウサギさんなのかもしれない』
そんな僅かな願いを、次の日も、そのまた次の日も思ったが、気付けば1週間も経ってしまった。
やはりウサギさんはあのウサギさんではなかった。

これから僕はどうすれば…
暗い感情が胸を覆い尽くし、足が勝手に交差点へと近付く。

『死のう』

ウサギさんにせっかく助けられた命だが、僕はもうウサギさんが居なきゃ生きている意味がないんだ。

交差点の方へ足を一歩踏み出そうとした時、ガッチリと腕を掴まれた。
前よりも感触が直に伝わり、きっと通りすがりの誰かが止めたんだろうと、ウサギさんじゃないことにガッカリしながら振り返ると、帽子を深くかぶり、マスクをした男が立っていた。

「ウサギ…さん?」
ウサギの格好をしていないのに、なぜだか僕にはわかってしまった。
チラリと見えた男の目に、僕の顔に涙が伝った。


「俺も好きです。だからもう、死のうとは思わないでください」







補足

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