短編2 | ナノ


▼ 私達の日常

一番最初私は、彼に対してどんな印象を持ったのか、思い出そうとしてもイマイチ思い出せない。
顔を合わせた瞬間『初めまして』と言い、お互い名刺を交換しつつ顔は笑顔を崩さない。
社会人における常識の一つで、その時にこれと言って良い事や悪い事が起こった訳でもなく、どんな印象を持ったかというよりも、むしろ当たり前の事すぎて何も感じていなかったのかもしれない。

それに『初めまして』と言いつつも、笹野幸一(ささのこういち)さんは私の働く会社のお得意様で、面と向かって顔を合わせて居なくとも、何度かすれ違ったり、遠くから見掛けた事があった。
だからその時に思ったことなんて『笹野さんというお名前なのか』ぐらいにしか多分思わなかったんじゃないか。

「どうかしたんですか?姫野(ひめの)さん」
「いえ…ただ、少し眠くなってきたなと思っていただけです」
「昨日は寝る時間が遅かったんですか?」
「…そういう訳では無いんですけどね」
隣にいる笹野さんの顔を見て、ニコリと笑顔を作る。

お得意様でもあり、ここ数年では合併の噂も出ている程、良くさせていただいてる会社の社員でもある笹野さん。
仲の良さからか、1年前から両社での合同の企画が度々行われ、笹野さんと一緒に仕事をしたのはこれで2回目にもなる。

企画が無事終了し、企画に携わっていた人達でワイワイと打ち上げをするが、あまり大勢で飲み食いするのが好きではない私には少し居心地が悪く、端の方でウーロン茶を飲みながら適当に相槌を打っていた。
だけど隣に座っていた部下が何処かへ行ったことで、私の隣には笹野さんが座った。
そのおかげで少しだけ、私の中に安心が生まれた。

笹野さんのホンワカした笑顔もそうだが、笹野さんがそばに居るだけで、私はいつの間にか張っていた気が、徐々に緩まっていくのが自分でもわかる。
笹野さんとの空間はとても安心し、居心地が良い。





『僕の家、ここから近いので、もしよかったら来ませんか?』
二次会は何処へ行く?と盛り上がっている中、ボソリと笹野さんに耳打ちをされた。
それはなんて素敵なお誘いなんだと『ええ、是非行ってみたいです』と返し、お互いニコリと微笑み、皆に挨拶をしてから2人で抜けた。

本当に笹野さんの家は近く、20分程で家へと到着した。
さすが大企業の社員だと思うぐらい家は広く、ここに1人で暮らしているのを素直に勿体無いと感じた。

おつまみとウーロン茶を飲み食いしながら、笹野さんの家へ行く途中で借りた海外映画を並んで見る。
笹野さんの家のテレビは大きく、まるで映画館で見ているようだと錯覚する。
テレビの中では恋人同士が一緒に料理をしているシーンでなんとなく『笹野さんは料理とか作るんですか?』と聞いてみた。

「結構凝る方なので、時間がある休日には毎回作ってますよ。姫野さんは作られるんですか?」
「作りますが、簡単な物だけです。…やはり1人暮らしをしていると、嫌でも料理を作らなきゃいけなくなりますよね」
何気ないたわいない会話だが、笹野さんとの会話だということに無意識に頬は緩み、嬉しくなる。

「何回か仕事をご一緒させてもらっていますが、こうやってお互いのプライベートの話をするのは初めてですね」
「そうですね。姫野さんとはゆっくり喋りたいと思っていたので、すごく嬉しいです」
「私もずっと笹野さんと話したいと思っていたんです」
テレビに釘付けになっていた視線を笹野さんへと向けると、ガッチリと目が合った。
徐々に近付く笹野さんの顔に、ソッと目を瞑り、顔を少し上へあげた。

軽く触れた感触に目を開けると、ちょうどテレビの恋人同士もキスをしている所で、それに何故か笑えてしまい、ふふふと笑う私に、笹野さんも楽しそうに笑い、私達はまた映画へと視線を戻した。






合同企画が終わってからも笹野さんの会社は我が社のお得意様なので、会社の中でよく顔を合わせた。
そして会った時には『今日は早く帰れそうなので、晩御飯作っておきます』とメールを送らず、口頭で伝えるようになった。

やはり笹野さんの隣は私にとって落ち着く場所で、笹野さんのお家へ行くたびに少しずつ自分の荷物を持ち込み、数ヶ月経った今では元々住んでいた家を解約し、笹野さんの家に住まわせてもらっている。
今まで1時間ほどかかっていた通勤時間が格段に減り、朝は前よりもゆったりと過ごせるようになった。





玄関から『ただいま』という声が聞こえ、一旦作業を止めて玄関まで小走りで向かう。

「笹野さん、おかえりなさい」
「姫野さんも、おかえりなさい」
軽くチュッと口付けをし、また小走りで台所へと戻ってお皿への盛り付けの続きをする。
私の手料理よりも断然笹野さんの手料理の方が美味しいが、笹野さんに『美味しいです』と言ってもらうのが嬉しくて、1人暮らしの時は適当にやっていた料理を、今は真面目にやり始めた。
そのおかげで料理の腕も少しずつだが上達してきた。

「今日は肉じゃがですね。とても美味しそうです」
部屋着に着替えてきた笹野さんは盛り付けた肉じゃがを後ろから覗き込み、『早く食べたいですね』といいながらお皿をテーブルへと運んでくれた。

「じゃがいもが大量に残っていたんで、全て使いきっちゃいました。
あと、そろそろ冷蔵庫の中が空になってきたんで、明日ぐらいに買い物してきますね」
「あっ!明日は早く帰れそうなので、僕も一緒にスーパー行きます。」
「じゃあ何処かで待ち合わせして一緒に行きましょう」
「そうですね」
テーブルに一通りオカズやご飯が並び、椅子に座ってお互い手を合わせて『いただきます』と言い、食べ始める。
肉じゃがを一口食べた笹野さんは『すごく美味しいです』と告げ、今度は大きな一口で肉じゃがを食べた。






お風呂から上がり、既に笹野さんが寝ているベッドに入ると、
さっきまで背を向けていた笹野さんはクルリとこちらを向き、深い、舌を使ったキスをしてきた。
ようやく離された唇からはどちらともわからない唾液が伝い、それを拭って身体を起き上がらせた。

「どうしたんですか?」
「疲れのせいか、なかなか治まらないんです…手伝ってくれませんか?」
申し訳なさそうに眉毛を下げる笹野さんの下半身を見て納得する。

「私でよければいくらでも」
「すいません…」
そう言ってまた深く口付けをしながら笹野さんのズボンとパンツを下げていく。
下げた事で出てきた笹野さんの立派な物に無意識にゴクリと自分の喉が鳴った。

「姫野さんも少し反応してますね…。脱がしていいですか?」
無言で頷き、笹野さんはゆっくりと私のズボンとパンツを脱がした。
笹野さん程ではないが人並み程度はある私の物と笹野さんの物をくっ付け、ゆっくりと2つ同時に扱く。
早くなる手や、ドクドクと脈打つ自分の物じゃない物に段々と頭が真っ白になっていく。
そして我慢出来ず漏れ出た声と共に、お互いの腹を汚した。
それをティッシュで拭き、ベッドのそばに置いてあるゴミ箱へと捨てた。
パンツとズボンが汚れてないかを確認してからそれを履き直し、電気を消して、布団の中へと戻る。

『ありがとうございます』と言う笹野さんの声に『こちらこそありがとうございました』と言い、そのあと『おやすみなさい』と軽い触れるだけのキスをして私達は眠りについた。







『姫野さんって恋人いるんですか?』
そう部下から聞かれ、私には恋人がいるのかどうか悩んだ。

「笹野さんはどう思いますか?」
「『どう』とは?」
「私には付き合ってる方がいるんですかね?」
「姫野さん自身、付き合ってると思う方はいるんですか?」
家へ帰り、直ぐさま部下からの話を笹野さんへと相談した。

「特に親しい異性は居ないので、そのことには疑問は持っていないです。ただ笹野さんは恋人の括りに入るのかが悩みどころなんです」
「確かにそれは悩みどころですね」
うーんとお互い悩み始めた事で、一旦食事をしていた手を止めた。

「私達は付き合っているんでしょうか」
「いや…多分付き合ってはいないと思います」
「ですよね。私もそう思います」
「隣に姫野さんが居るのが当たり前だと僕自身思っているので、付き合っているというより、夫婦という言葉の方が僕の中ではしっくりきますね」
「そうですね。その方がしっくりきます」
隣にいるのが当然。
離れることはもうないだろうとまで確信している。
これはもう付き合っているというよりも、夫婦という方が確かにあっている。

「姫野さん、明日はお昼頃予定はありますか?」
「いいえ…特には」
「それでは一緒に指輪でも買いに行きませんか?」
「それはいいですね。それじゃあ早く午前の仕事は終わらせてきます」

「あっ…一応婚姻届も出しに行きます?」
「男同士でも出せますかね?…もし出せなかったら、家にでも保管しておきましょう。それと姫野さんのご両親にも挨拶しに行った方が…」
「やらなきゃいけないこと…たくさんありますね」
「そうですね…そうだ。まず手始めに名前を呼び合いませんか?」
「いいですね、幸一さん」
「少し照れ臭いですね、透(とおる)さん」
ニコリと微笑む笹野さんに、私もニコリと微笑んだ。







補足

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