短編2 | ナノ


▼ 十代の自分にさようなら

限界はもう、既にすぐそこまで来ていた。

むしろ限界はとうの昔に来ていたが、俺はそれを見ない振りをして、気付かないようにしていただけなのかもしれない。


『ラビットさんって厳つくて、全然可愛くないですよね』
真っ赤なぷっくりとした柔らかそうな唇から紡ぎ出されたその言葉は、俺の全てを壊しきったと言っても過言ではない。
ピンクの頬に、大きなパッチリとした目、自分より小さい身長、自分よりも若い年齢。
何処からどう見ても『男』だと思えない目の前の奴に、俺はなんて返したのか思い出せない。





俺は生まれた時から4つ年上の姉のオモチャだった。
着せ替え人形のように、いつも俺は姉の好みの服を着せられてきた。

その中でも姉は特にフリフリの真っ赤なワンピースがお気に入りで、
姉に着せるために母が買った服なのに、姉はそれを着ず、俺に着せた。
そして俺にワンピースを着せた姉はニッコリと嬉しそうに笑って
『晶(あきら)は可愛いね。まるでお姫様みたい。』と何度も俺を『可愛い』と言った。

喜ぶ姉に俺も悪い気はせず、いつしか自分から進んで姉の着せ替え人形になり、自分でも可愛い服を選ぶようになった。

普通より少しだけ髪を伸ばし、
可愛く見える化粧や仕草を極め、
そうして俺は自分を『女』へと近付けた。
だけど決して本物の『女』になりたいという訳ではなく、『可愛い』と言って欲しかった。

男でありながらも俺はそんな贅沢な願望を持ち、どんどん女装へとのめり込んでいった。




けれど年齢を重ねるにうち『可愛い』と言われていた見た目は徐々に変わっていった。

声が低く太くなり、身長は伸び、骨格がしっかりしていく。
『可愛い』とはかけ離れていく自分の姿に気付かない振りをして、
『まだイケる。まだ大丈夫だ』とそう自分に言い聞かせていた。

だけど同じ趣味を持つイベントの集まりで、とうとう決定的な一言を俺は言われてしまった。

『ラビットさんって厳つくて、全然可愛くないですよね』
その言葉は気付かない振りをしていた自分を現実に引き戻すには十分すぎる程で、遠回しに『見苦しい』と言われているようにも思えた。
俺はその言葉になんて返したのか、その後俺はどうやってイベント会場から家へ帰ってきたのか、それすらも思い出せず、
ギュッとベッドの上で膝を抱えて丸くなった。

しかし『バンッ』と大きな音と同時に姉が部屋に入ってきたことで、俯いていた顔を俺は上げざるを得なかった。


「帰ってるなら帰ってるって言いなさいよ、もぉ!」
「ごめん…ただいま、姉ちゃん」
「うん、おかえり。…そんでこれ、少し早いけどハタチの誕生日おめでとう晶。」
「あぁ…うん。ありがとう」
俺はあと数時間でハタチの誕生日を迎える。
ハタチをキッカケに、同じ趣味を持つ仲間が欲しくてイベントに参加した。
だけど仲間を作るどころか現実を突き付けられ、可愛くもなく、見苦しい姿の自分が女装を続けることを、恥ずかしく…そして虚しくも思えてきた。

前々から可愛く着飾っていた姿だとしても、自分が『男』だと実はバレており、
後ろ指を差されて笑われていたのかもしれない。
そう思うと自分が惨めに思えて仕方ない。



「少し値は張ったけど、これ絶対晶に似合うと思ったんだ」
そう言って俺へのプレゼントだと言って袋から取り出したのは、真っ赤なワンピースだった。

姉のお気に入りだった真っ赤なワンピースに似ているそれに、俺はポツリと呟いた。

「姉ちゃん…俺って可愛い?」
俺の言葉に姉はキョトンとした顔をした後、ジーッと俺を見つめた。
そして「…可愛くは無いわね」っと…
目の前が真っ白になり、俺の存在意義が否定されたようだった。

『そういえばこの前、晶との写真を上司に見られて「妹か?」って聞かれたんだけど、その上司にしっかり「晶は男です」って言ったのに、それでも晶の事気に入っちゃってさー…』と語る姉の声は聞こえているが、頭には入らず、ただただ俺はボンヤリとする。



気が付いた時には姉は部屋から居なくなっていた。

ボーッとしながらベッドから立ち上がり、時間を確認すると、あと数分で日付をまたぐ頃だった。
時計から目を離し、帰ってきたままの格好に、もう今日は着替えて寝ようと視線を移すと、全身鏡が目に入った。

目を見開き、そのあとギュッと拳を握る。

「…っ、可愛く…ない」
その姿は柔らかさも可愛さの欠片もない、ただの男だった。
服を脱ぎ捨て、机の中に入っているハサミを取り出し、全身鏡の前に立つ。
そして伸ばしていた髪をザクリと切った。



さようなら、今までの自分…







補足

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