短編2 | ナノ


▼ お客さん×美容師

「いらっしゃいませー…ご予約のお客様ですか?」
「は、はい。…予約していた尾田(おだ)、です」
「尾田様…あっ、今日僕をご指名してくださった方ですよね?今回はご指名、どうもありがとうございます。
ただいま準備しますので、どうぞこちらをご記入して、お待ちください。」
新規様に書いてもらう紙を渡し、僕は手早く場所のセッティングを行う為、席へと向かった。




人は髪型1つで全てが変わる。
見た目、雰囲気、そして気持ち…

僕は小さい頃から何か大事な事があるたびに、前日、少しだけ髪の毛を切ってもらった。
切り終わった後、鏡に映し出された数十分前の自分とは違う姿。
その姿に僕は勇気をもらい、なんでも出来るような、そんな気にさせてくれた。

それぐらい僕にとって、髪の毛を切るということは大事なことで、
それと同時に、ここまで人を変えてくれる美容師という仕事に、僕は昔から憧れと尊敬の念を抱いていた。

だから僕が卒業と同時に美容師の専門学校へと通い、美容師になったのは、当然と言えば当然の事だった。

今はまだ働き出して数年しか経っておらず、まだまだ店の中では下っ端の方だが、最近では少しずつカットを任せてもらうことも増えてきた。
そして僕は、変わる側の人間から、変える側の人間になり、お客さんが僕のカットで少しずつ変わっていく姿が好きだった。


初めてのデートを前に『できるだけ可愛くしてください』と言う女の子。
緊張しているのか、始終落ち着きがなく、ソワソワしている。
だけどどんどん変わっていく自分の見た目に、徐々に目を輝かせ、最後には『可愛くしてくれて、ありがとうございました。私、頑張ります』と笑ってお店を出て行く姿に、僕まで元気をもらえる。

時には失恋し、背中の真ん中まであった綺麗な長い髪を『バッサリと切ってください』と言い、要望通り切ると、何処か晴れやかな顔をして
『暗かった気持ちまで、一気に軽くなりました。』と言ってくれるお客さんもいる。

僕はそういう姿を見れるこの仕事を純粋に素敵だなとそう思い、
この仕事が好きだと自覚する。





「お待たせしました。こちらにどうぞ」
お客さんがイスに座ったのを確認し、お客さんを鏡の方へと向け、イスの高さを変える。

「予約内容では、カット+シャンプー+カラーになっていますが、変更はありませんか?」
「あの……カラーの方は、するかどうか、まだ悩んでて…どちらの方が、いいですかね?」
『そうですねー』と喋りながらお客さんの髪を触ってみると、思っていた以上にサラサラな艶のある綺麗な黒髪で、カラーにするのは勿体無いなと率直に感じた。

「とても綺麗な黒髪なので、僕はこのままでも十分いいと思いますよ」
「それじゃあカラーは、いらない…です」
長く伸びた髪の毛で顔は見えていないが、どこか嬉しそうに微笑んでいるのが何と無くだがわかった。
そんな姿に僕は鏡越しに「お兄さんの髪の毛柔らかくて、すごく気持ちいいです。僕の髪の毛なんて、相当痛みまくってるんで、羨ましいです」とつられて微笑む。


「カットはどの様にしますか?」
「……カッコ良く…してください!」
「カッコ良くですか……何かこう具体的に、『こういう風にしてー!』みたいな希望はありますか?」
僕の言葉に俯いて首を振るお兄さん。
僕は『うーん』と少し悩み、僕の好みでカットしてもいいってことかな?と解釈をする。

「わかりました、任せてください!僕が必ず、お兄さんをカッコ良くしますね。」
首元にタオルを巻き、『それではこちらへ』と、まずは洗い場の方へと来てもらう。
ゆっくりとイスを倒し、首元をしっかりと密着させ、万が一にもお湯が首元を伝わらないようにする。
それが終わるとお兄さんの目元だけにソッとタオルを乗せ、僕は手でシャワーの温度が熱過ぎないかを確かめてから、お兄さんの髪の毛に少しずつお湯をかけていく。

「熱くないですか?」
「…はい」
「じゃあ洗うので、何かあったら言ってくださいね」
「…はい」
髪を洗う音だけが響く空間に、僕は少し寂しさを感じた。

「お兄さんは何か、この後ご予定があるんですか?」
「………高校時代に、その…好きだった人に、告白しようかと…」
「そうなんですか!!!!だからカッコ良く…!!」
その場しのぎで聞いてみた言葉の返答に、思わず僕の胸が踊りだす。
そんな大事な事の前にここに来てくれたなんて、すごく嬉しい。

「それじゃあその好きだった人にOKもらえるような、とびっきりカッコ良い仕上がりにしますね」
口元に弧を描いているお兄さんに僕は快くし、少し鼻歌を交えながらお兄さんの髪を洗った。





「それじゃあ起こすので、ゆっくり起き上がってください」
目元に置いてあったタオルを外すと、目を開けていたお兄さんと今日初めてバチリと目が合った。
全体的にもっさりとした長い髪とさっきまで覆っていたタオルで見えていなかったが、お兄さんの顔は俳優かと思うぐらい整っており『これならどんな髪型でもカッコイイだろうな』とカットへの期待が膨らむ。

「先ほどの席でカットを行うので、先にあちらでお待ちください」
目があってすぐ慌てて視線を逸らされ、お兄さんとは全く目が合わなくなった。
それを少し残念に思いながらも、お兄さんを先ほどの席へと戻ってもらうよう誘導し、座ったのを確認してから先ほど同様、お兄さんを鏡に向ける。
僕は手早く洗い場の片付けを行い、定位置にあるドライヤーとオイルを持って、お兄さんの元へと戻る。

ドライヤーで乾かしながら少しだけ突っ込んだ話を聞いてみると、
お兄さんの好きな人は高校時代の同級生らしく、高校時代はあまり接点がなかったらしい。
だけどその好きな人は笑顔がとても可愛く、その笑顔にお兄さんは癒され、いつの間にかその相手のことを好きになっていたと。
結局高校時代は事務的な会話ぐらいしか出来なかったが、お兄さんは高校を卒業してからもずっとその人が好きで、この前開かれた同窓会でその好きだった人を発見し、あの時伝えられなかった想いを、自分を変えてからしっかり伝えようと決心した。
と、そうお兄さんは語った。

乾かし作業が終わり、カットをしながらお兄さんの話を聞き、自分の事じゃないのに、僕まで告白に緊張してきた。

「そんなに好きだなんて、お兄さんに想われてる人は、とっても素敵な人なんですね。
……同窓会ですかー。僕もちょうどこの前、高校の同窓会に行ったんですよ。
今はこんな少しチャラチャラした格好ですけど、昔は結構地味だったんで、久しぶりに会った友達とかにはだいぶ驚かれました。」
美容師って外見やセンスも大事なんで、それはもう勉強しまくって、染めたことなかった髪も自分で染めてみたりしたんですよー
といつの間にか自分の事を語ってしまい、ハッとする。

「ってあはは。僕の話聞いても仕方ないですよね。…ちなみにお兄さんはいくつなんですか?」
「いや、聞けてすごく、よかった。…えっと、26…」
「26!?僕もお兄さんと同い年です!!!お兄さんとっても大人っぽいんで、もう少し上かと思ってました」
身体が大きいというのもあり、どっしりとしたその姿に勝手に年上だと思っていた分、予想とは違い、思わず少し声を張り上げてしまった。

ってことは大体その好きな人に、10年も片想いしているのかー…
いいなぁ。僕も恋愛したい…

「その好きな人とは、今は連絡取り合ったりしているんですか?」
「いや…だけど、何処で働いているとかは聞いてて…あと、仕事が忙しくて、なかなか恋人が出来ない、っていうのも……」
「そうなんですか。是非お兄さんの告白が成功して欲しいです。…さて、どうですかね?元がとっても良かったので、すごくカッコ良くできましたよ」
鏡を持ち、お兄さんの背後の髪型を映す。
最初から元が良かったので、少し短くし整えてアレンジを加えただけで、とてもカッコ良くなった。
これならどんな相手でもきっと必ず落とせるはずだ。






「ありがとうございました。また是非来てください。そんで今度来た時は、告白の結果も教えてください」
そう口では言うが、結果なんてわかりきっている。
こんなカッコイイ人に告白され、断る女の人なんてきっと居ないだろう。
だから今度お兄さんがここへ来た時には、きっとお兄さんからはいい返事が聞けそうだ。

コクリとお兄さんは頷き、お店を出て行った。
見えなくなるまでお兄さんを見送り、見えなくなったところでふぅと息をついて、大きく伸びをする。
『よし』と気持ちを切り替え、僕はお店へと戻っていった。





「お疲れ様でしたー。お先に失礼します。」
最近はグンと寒くなり、外に出ると、着込んでいても寒さを感じた。

「うー…さぶ…」
思わず声が出るほど外は寒く、明日はもっと厚着しようと思いながらも角を曲がると、ガードレールに寄り掛かる、見覚えのある人がいた。

『あれ?』と思い近付くと、先ほどのお兄さんで、慌ててそちらへと僕は向う。

「今日、お店に来てくれてたお兄さんですよね?告白しに行ったんじゃ?……もしかして失敗したんですか?」
「いや、…まだこれから…」
「そうなんですか…よかった…」
ホッと胸を撫でろ下ろし、お兄さんを見てみると、最初お店に来た時とは違い、ハッキリと顔が見えているので、表情がしっかりと伺えた。
その顔は何処か緊張した面持ちで、関係ない僕まで緊張する。

「あの…僕はもう帰るので、お兄さんは告白、頑張ってくださいね」
お兄さんの邪魔をしないように、僕は早く帰ろうと『それじゃあ』と言って歩き出すと、ガッチリとお兄さんに腕を掴まれた。

「…どうしたんですか?」
「K高校出身の、尾田秀樹(ひでき)って言います。…南圭介(みなみけいすけ)さん、俺はずっと…あなたの事が、好き、でした」
真剣な眼差しで、ジッと僕を見つめるお兄さん…もとい尾田さんのせいで、ドクドクと心臓が活発に動き出す。

「え?……尾田さんの好きな人って…僕?」
「ずっと、好き、でした。…同窓会で南くんと久し振りに会えて、見た目は昔とは違って、ガラリと変わっていたけど、…笑顔は昔のままで、やっぱり俺は、南くんの事が……大好き、です」
聞いたことある高校名や真剣な眼差しで僕を見つめる尾田さん。
言いたいことはたくさんあるのに、それはどれも口から出ず、口ごもる。

「……尾田さんは…ズルいです。わざわざ僕の勤め先に来て、僕を指名して、好きだった僕にカットさせるなんて……」
「ごめん…男にずっと想われていたなんて、気持ち悪い思いさせて…。あと…カット、ありがとう。昔南くんが『髪切ると気持ちが変わる』って言ってたの、本当だった…。」
予約したは良いものの告白は出来ないと思ってた。
だけど、南くんに髪切ってもらって、どんどん変わっていく自分に自信が出てきて、やっと俺は南くんに想いを告げることが出来た。…本当にありがとう。
そう語り、言いたいことを言い終わって帰ろうとする尾田さんの服を掴み、僕は先へ行かせなようにした。

「話はまだ、終わってないです。…尾田さんはどんな風なカットが良いかって聞いても『カッコ良く』っていうだけで何も言わなかったから、その髪型は、僕の好みの塊なんです。」
元々尾田さんカッコ良かったのに、それに加えて、さらに尾田さんはカッコ良くなりました。
男に想われていたなんて思いもしなかったけど、今日、僕はたくさん尾田さんの話を聞いて、尾田さんが僕をどう思っているかを知っています。
それに僕、ずっと尾田さんの話聞いてて、『尾田さんに想われている人は幸せ者だな。羨ましいな』って思ってました。


「だから僕、突然のことにまだ頭がごちゃごちゃしているけど、尾田さんに告白されたのはすごく嬉しくてたまらないし、今…顔が火照って仕方ないです。」
僕の顔を見て驚いた顔を見せる尾田さんに、ソッと手を差し伸べる。

「僕の仕事が終わるまで、ずっとここで待っていてくれてたんですね…すごく冷えてますよ」
手に触れた尾田さんの肌は案の定冷えていて、さらに思いが膨れる。



「僕でよかったら、その…お願いします」
伏し目がちに答えた僕は、もう顔を上に上げることは出来なくなった。





補足

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