浚われる三秒間
靴に砂が入って嫌だね、って笑うけどサエは砂浜を歩くことを躊躇わない。とっぷりと日が暮れてすこし薄暗い砂浜は薄紫色に色づいていた。
「好きだよ」
その台詞に期待はしていないと言うと、嘘になってしまう。サエの好きと同じようにオレも好き。だけど「好きだよ」って囁くサエの笑顔は平べったくて、故意にマジックで黒く塗りつぶされたみたい――だから、どこか不気味。
いつも余所行きみたいな顔をしているサエより、今みたいにちょっと怖いサエの方がサエらしくて好きなのかもしれない。ううん、好きなの。
だって女の子の前でニコニコ笑うサエを見るのはすごくイヤなの。そのときの気持ちは、焼き餅なんて可愛く言えるものではなかった。だから、女の子たちにもサエにも誰にも何も言えなかった。自分の中で殺していくしかない汚れのような感情が、サエのとなりにいるとじわじわと蠢きだすのがわかる。
「きっとね。俺、樹っちゃんいなくなったら死んじゃうと思うんだ」
「嘘。そんな簡単には死なないのね」
「ううん。死んじゃうよ」
小波が引いた音に合わせて腕を引かれて抱き締められる。
「心臓が止まるんだ」
うそつき。サエの嘘吐き。学ラン越しではわからない心臓が憎らしくて口を結んだ。でも、もしそうだったら、サエが隣でしか生きられなければ――。サエの体温にほだされて、目頭にじわりと涙が溜まった。
「あのね」
「うん」
「サエのこと、好きなの」
「うん、知ってるよ」
「だからどこにも行かないで」
「行かないよ、樹っちゃん」
顔を上げればやさしげに微笑むサエがいた。少しの間だけ見つめあって、サエは言うのだ。
「俺のためにもっと必死になってよ。もっと束縛して、俺だけを見て。それでね、そんな樹っちゃんを好きなのは俺だけなんだよ」
――嗚呼。
「ね?」
こんなことを言うサエの心臓なんて、止まってしまえばいいのに。
サエが俺に言ってほしいと思ってる台詞を言い尽くしたって、欲しがりのサエには足りないに違いない。あきれている。諦めている。だけど愛しているのだろう。
くちづけは鎖の代わりにはならないけど、この行為があれば強く強く結ばれる気がした。穏やかな波に飲まれるようにゆっくりと唇が触れる。とっくに薄紫から青に変わってしまったこの場所で、唇が触れていられるこの時だけは、世界に二人きりだった。
中学生のころから泥沼状態のサエ樹。
いや愛はあるんだ愛は。