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羊が割った魔法の鏡


世界で一番かわいい子は誰?

って質問されたらとりあえず“忍足以外”って答えるよ。って言ったら忍足はなんだか複雑そうな顔をした。その顔の中に不機嫌さはなくて、初めて食べる料理の味を確かめているような、小さな未知に遭遇したような表情だった。いつもの知ったかぶりをする忍足よりずっといい。って俺何回忍足って言ってるんだ。

「てっきり恋人は、ジローの一番総なめしとるもんや思ってたわ」
「いや忍足は一番だよマジマジ、ラム肉の次に」
「アホ」
「ん、」

噛みつくようにキスをされてジョークは封印された。少し隙間を開けたらあっという間に忍足の舌が俺の口の中をくちゃくちゃに捏ねていって、飲み込めない涎は口の端からだらだら垂れていく。俺寝てるとき涎垂らして寝てるけど口を伝う涎ってなんかエロい。

「ジローはこんなにかわええのになぁ」
「うっさいばかたり」
「アホって言ってや」

可愛くなんかないよ。俺がしたいこと全部知ってる忍足なんか全然可愛くない。可愛い子はね、男の子のリードに上手く乗っかってさ、嘘でも初めてを装うもんなんだよ。それが何?なんで俺の服脱がしてんの。何笑ってんの。何ズボンのチャック開けてんの?もう最悪だし。さっきのキスで息上がってる俺なんか童貞丸出しじゃん!もうメチャクチャ恥ずかCじゃんかよー。

「…誕生日おめでと」
「なんや知っとったん?」
「知ってたからこんなことしてんだよ」
「こんなこと?」
「セックス」
「――なんか関係ある?」
「〜〜っ、誕生日が記念日ってシアワセじゃん?って思ってたんだよ!」
「あー。ふたりがひとつになった日、って?」
「そうそれ。俺はじめてなのに、お前全然余裕だし!」
「あぁ、ジローはじめてなん?」

…………えっ?なにその反応。

「お、忍足ははじめてじゃねーの!?まだ中3だろシたことあんの?」
「男とは初めてやで」
「ど、どど」
「いやなんか断るのも面倒やし、こっちもすっきりするしまぁ避妊さえきちんとしとけば……」
「あああああ意味わかんねー!それ俺と付き合う前の話だよな?な?」
「ジロちゃんそんな揺すくらんといてやー」
「答えろ忍足いいいいいい」

俺は本気で聞いてんのに何をへらへらしてんだこのやろー!って忍足の性事情に危機感を覚えている俺をよそに忍足は嬉しそうに笑っていた。

「せやったらジローにもはじめてあげなかんなぁ。なんかあったやろか」

指折り数えて5つ目。小指が唇に触れて思い立ったような口を利く。

「あ、オンナノコのはじめては特別や言うし。ジローそれでええ?」
「は?」
「……やさしくしてな?」
「待ってよ、なにそれ訳わかんない」
「訳わからんもなにも、抱いて言うただけやで?」
「え、マジで童貞だよ俺」
「俺かて処女や」
「痔になるだけじゃん」
「ロマンもへったくれもない台詞やなぁ。でも、それでもジローのはじめてに釣り合うもん他にあらへんから」

ああ前言撤回ちくしょうめっちゃ可愛Eじゃん、なんて。忍足は俺よりおっきくて声も低くて、俺よりイケメンで脚フェチで。だけど男の子の欲しいもの全部知ってるずるいオンナノコなんだ。俺より先に女の子へはじめてをあげちゃった忍足が俺にそれでもはじめてをくれるって言うんだ。こういうのケンシン的っていうの?それだけでもう超可愛E。なんでこうも簡単に、俺のために自分を削ぎ落とすの。ホント馬鹿なんだよなぁ。きっと忍足のそういうとこに気付いちゃったら、世界一可愛いのは忍足ってみんな答えちゃうと思うんだよね。だから、みんなに気付かれないように誤魔化してんの。

何でも答えてくれる鏡があったら俺はその鏡を割らなくちゃいけないわけだけど。




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