(御上の薄墨桜)

おや、散り花がこの様な所まで。
桜散り初むる季節なのね。

近くで見たいわ。一枝手折って来てちょうだい。



双眸から溢れ出す悲しみはとどまるところを知らぬ。涸れ果て尽きるその時まで止むことはないのではなかろうか。
一国の長として恥じることない誇り高き刹那を迎えたであろうことは見て取れた。しかしながら、気高い我が主のそれが到底安らかな面持ちであったとは言い難い。あの方は一国の長でありながら、我が主であり父であり夫であり、一人の男であった。それゆえに思う所も一重ではなかったであろう。表には出さねども、今は未だ幼子である子らと共に一国の行く末を眺め遣る日を密かに待ち侘びていたことを知っている。幾重にもなる思いの中に散っていったのではないかと思いを馳せずにはいられない。届かぬ思いだということは分かってる。文を炊き上げれば黄泉の国へも届くだろうか。然るに擦れど擦れど墨が薄くなるばかりである。深淵の底に沈み行く心はもはや虚ろだ。我が主亡き現世など如何様な意味があろうぞ。空虚と化した我が心をいっそ魑魅魍魎の類に明け渡してしまおうか。
あぁ、かなしい。かなしい。



主が死して幾星霜、今年も名も知らぬ草木どもを覆い尽くす程に散り交じる桜が儚く美しい。主も彼の世からこの桜を見ているだろうか。



はたりと落ちた薄墨は紙上に散り広がる泡沫となった。




企画:咲くやこの色 提出作品

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時代背景はフィクションですが、色々小ネタを仕組んだつもりです。楽しく書かせて頂きましたありがとうございました。
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