5−2

 もっとよく見ようと少し身を乗り出したのが悪かった。

 殴られている男と一瞬目が合う。

「君!! 丁度いいところに!」

 やっぱりそうだった。
 オレに《飴》を渡した男だ。

「逃げましょう逢坂さん」
「アレは貴方が言っていた?」
「そうです! あああなんかみんなこっち向いちゃった」

 こちらを見ているようで見ていないような焦点の合わない、いくつもの洞穴のような目が向けられる。

「……彼を確保できますか? 囲いはこちらでなんとかします」
「無理です! それに逢坂さんだって危ないじゃないですか!!」
「私が注意を惹きつけます。その後すぐお願いします」

 とことん人の話を聞かないひとだ。言うが早いか物陰から路地へ飛び出した。

「何者だ」
「白昼堂々集団リンチとは恐れ入りますね。大した度胸……いえ、それだけ余裕が無いということでしょうか」

 相変わらず顔色ひとつ変えないまま逢坂さんがポケットから取り出したのは

「《飴》!?」
「鬼ごっこをしましょう。皆さんこれが欲しくて欲しくてたまらないのでしょう? 私が負ければ差し上げます。ちなみに皆さんが負けた時は管理局に一報入れさせて頂きます」

 挑発的にセロファンの包みを指先でもてあそぶ。
 ふらつく足取りで迫る女性を半身ずらしてかわした後、逢坂さんは「こちらです」と飛ぶように駆け出した。

 人垣の大半が死に物狂いで彼女を追い、残った少数は理解が追いつかない様子で集団が走り去った方向と怯える男に交互に視線を飛ばしている。
 戸惑いに膠着する空気を破ったのは、今だとばかりに逢坂さんとは反対方向に逃げ出す男の靴音だった。

 ――話は変わるがオレは運動はどちらかと言うと苦手なのだ。走ったりなんかは特に。
 それでも先に体を張って頼まれてしまっては裏切る訳にいかない気になってしまうじゃないか。ずるいぞ逢坂さん。

「ちっくしょー!!」

 気がつけばオレはスーツの背中を追っていた。


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bkm
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