――鳳来島東区〜中央区間
「逢坂さん!」
近道だという路地裏を泳ぐように走る彼女の背は、オレの声などまるで聞いていない様子で遠のいていく。
オレはといえばビール瓶の入った箱につまづき、エアコンの室外機にすねをぶつけ、ぜいぜい息を切らしながらどうにか見失わないように必死に後を追いかけている有様だ。
情けない、とは自分でも思うもののそもそもこの保安委員会なる団体に入ったのも九条先輩に「ヒマそうだから」という理不尽な理由で何度も何度もしつこく勧誘されて精神が折れたからだし、入ってみればメンバーは名家の子息にどこぞの令嬢、それもそれぞれ卓越した能力と致命的な社会性のなさと来ている。全てにおいて平凡で、またそれを良しとするオレがここ数ヶ月どれだけ苦労したか。余人の想像に難くないだろう。
――などと脳内で愚痴をこぼしつつ追走を続けていると、路地に面した建物の雰囲気が繁華街特有のごちゃごちゃしたものに変わってきた。蓮沼先輩が言っていた場所まであと少しのはずだ。
二叉に別れた道の前で不意に逢坂さんが足を止め、勢い余って飛び出しかけるオレを片手で制した。みぞおちに綺麗に手刀が入る。
「何すんですか……」
身悶えるオレに逢坂さんは人差し指を色の薄い唇に添え、「しー」と合図をした。
「ご覧なさい、貴方も《飴》を口にしていればああなっていたのです」
恐る恐る示された方を覗くと、小さな人だかりが出来ている。一見共通点の見当たらない、色々な装いに背格好の若い男や女が口々に「あれをよこせ」「詐欺師め」などと輪の中心に向けて声を上げている。
「あんな普通の人まで」
「貴方が声を掛けられたくらいですからね。何でもあり、なのでしょう」
人だかりの中から甲高い悲鳴が聞こえた。目を凝らすと輪の中心に居たと思われるスーツ姿の男が筋肉の塊のような青年に胸ぐらを掴み上げられている。
「許してくれ! お、俺は何も知らないんだ! 指示されたとおりに飴玉を配った! それだけだ!!」
ほとんど泣きながらもがいているが、抵抗も虚しく左頬に容赦無い拳が見舞われた。
「あの人」
「小鳥遊君、見覚えが?」