4‐6
 ――同所同時刻

 榊木万尋は困惑していた。
 倒せど倒せど襲い来る雑多な群れに。
 子供扱いされた怒りなどとうに醒めているが、引くに引けない状況に追い込まれていた。

「なんでへらないのっ!?」

 最初の集団の誰かが仲間を呼び、そのグループと親交のある輩が助太刀に駆けつけ、果ては全く関係のない喧嘩好きな野次馬が混じって戦況は膠着(こうちゃく)状態を迎えている。
 周囲のざわめきを聞く余裕など榊木には無かった。

 生まれつき怪力を持ち合わせていようとも生身の人間である。
 その上彼女の極端に小さな体ではどうしても動きが大きくなり体力の消耗が激しい。

 疲労が彼女の動きを鈍らせ始めていた。

「もらったあっ!」
「っ!?」

 黒いジャージ姿の青年が屈み込んで下から振り上げるナイフが榊木の目の前に肉薄する。
 とっさに顔を腕でかばい、痛みを覚悟してぎゅっと目を閉じた――瞬間。

 どうっ。

「あ、ごっめーん☆」

 わざとらしい主の声と共に躍り出た褐色の獣が、ナイフを持つ青年を蹴り飛ばした。
 いや、状況的には撥ねたと表現した方が近いだろうか。
 さすがに喧嘩慣れしているらしく、青年はすぐに起き上がろうとするも、丸太のような前足に体を押さえつけられる。


×××


「クジョーさん!」
「あはは、もうちょいもったいぶって出てきたかったなー」

 予想だにしない生き物の登場に敵味方問わずあっけに取られている。

 観客様は皆鰯。
 人々に向かい九条は朗々と口上する。

「お集まりの紳士淑女の皆々様! これに見えますは世にも珍しき猛獣にございます」


 そのいかにも芝居掛かった口調に、多くの人間が自分は安全だと錯覚しそうになる。
 これは見世物だと。

しかしその錯覚を彼はわざわざ意地悪く打ち砕く。


「お代は結構です。楽しんで頂ければそれでいい。た、だ、し」

 軽くたまの肩辺りを叩き、九条が背から降りる。
 同時にたまは牙を剥きだし、うなり声をあげながら野次馬の群れへ突っ込んでいった。

 今がチャンスと不良青年が逃亡を試みるが、九条がしっかり踏みつけた。茶色く染めた頭を。
 その状態で実に楽しげに声を張り上げる。


「命の保証はいたしません……それが嫌ならとっとと帰ってねー!!」


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bkm
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