恋するオレンジ、あるいはブルー ※赤也→柳→仁王 体育祭は午前の演目を全て終えて、四十分間の昼休憩に入った。 応援席として作られた各ブロックの列から、生徒達が一斉に校舎に向かって移動する。 もう十一月だけど、火照った身体には秋晴れの太陽は暑かった。 大人数が一気に移動しているから、校舎に入るまではのろのろとしか動けなくなっている。 民族大移動みてえ。 赤也は校舎へ歩く集団を、心の中でなじった。 とは言っても、自分だって民族の一員だ。 さっさとこの集団から抜け出して、昼食を食べたかった。 前の方に目を向けると、見慣れた顔が、集団から頭一つ分飛び出していた。 向こうも前を向いているから後頭部しか見えないけど、間違いない。柳さんだ。 「ちょっとすんません!」 と声をかけて、無理矢理前に出る。 ぐいぐいと周りを押すようにして、なんとか集団から抜け出すと、柳はもう階段を上がっていた。 オレンジ色のポロシャツを着ている。 なんか、良いなあ。 制服でも、ジャージでも、ユニフォームでもない姿を学校で見るのは新鮮だ。 去年はどうだっけ。 記憶を探ってみるが、憶えていなかった。 元々記憶力が良い方じゃないけど、それとは別で、去年の今頃は、まだここまでの興味が無かった。 着ている服をじっと観察したり、記憶に留めておこうと思うほどの、興味が。 もちろん、テニスプレイヤーとしての柳蓮二には興味があった けどそれ以上のものはなかった。 じゃあいつからだ、と訊かれても、赤也自身よく分からなかった。 ただいつの間にか、テニス以上に彼そのものが気になり始めて気がつくと、声や表情や眼差しを、全てあますことなく記憶したいと思うようになった。 恋だ。じゃなきゃ病気だ。 階段を上がるオレンジ色の背中を、慌てて追いかける。 踊り場で彼が止まったので、声をかけようとした。 しかし、すんでのところで言葉を押し込めた。 わずかに見えた柳の横顔が、じっと、どこか遠くを見つめていた。 いつもは伏せられている瞼をゆるく開き、睨むように。 驚くほど強い視線だ。 その視線の先を追った。 柳から真正面の窓の向こうだ。 同じ階の、校舎と校舎をつなぐ吹き抜けの廊下を、彼は見ていた。 より正確には、渡り廊下にいる誰かを、見ていた。 階段の下にいる赤也からは、死角になってしまっている。 でも誰を見ているのか、すぐに分かった。 分かってしまうんだ。 その強い眼差しの向こうにいる相手が、すぐに。 なぜなら、赤也も同じように、柳のことを見ているのだから。 柳の背中から、ほっと力が抜けたのを確認して、今度こそ大きく声をかけた。 「柳さんっ!」 ぱっと、柳が振り向いた。 階段を駆け上がり、その横に並んだ。 さりげなく渡り廊下の方を見てみると、水色のティーシャツがひらりと揺れながら、去って行くところだった。 体育祭は色別のブロック対抗戦だ。 A組からI組までのクラスが、それぞれ別のブロックに分けられ、三学年合わせて一つのブロックとなる。 クラス数が多いせいで、赤や青や黄色といった基本色から、ピンク、オレンジ、紫といった珍しい色まで揃っている。 ブロック色のティーシャツやポロシャツは文化祭でも使われるため、作成はクラスごとだ。 だから同じブロックでも、各学年で微妙に色味が違うこともある。 例えば青ブロックでも、赤也のように紺に近い青のクラスもあれば、仁王のように薄い水色のクラスもあった。 空のような水色のティーシャツ。柳が射抜くように見ていたのは、仁王だ。 直接顔を見たわけじゃないけれど、赤也はそう確信していた。 隣に並んだ赤也に、柳が笑いかけてくる。 「動いていると、意外と暑いな」 「ですね。お昼、どこで食べるんスか?」 「屋上だな。精市達がいる」 「へえ」 「一緒に食べるか?」 「はい!てか、そのつもりでした!」 正直に答える。 ブロックの違う敵同士でも、いつも通り、テニス部の先輩達は一緒に休憩時間を過ごすと思っていた。 そこに勝手に加わろうとも思っていた。 柳と、午前の部はどうだったとか、午後の部は何に出るとか話しながら、階段を上った。 直接日の当たる屋上の中でも、大きな給水タンクが作る日陰部分は、風通しも良く、気温も相まって涼しい。 むしろ少し寒いくらいだけど、動き回って火照った身体にはちょうど良い。 先輩達はそこを陣取っていた。 すでに弁当を広げている。 幸村は、持ってきたのか、バスタオルを敷いた上に寝転がっている。 「蓮二ー、赤也ー、おっそい」 手だけをふらふらと振っている。 「来たな最下位!」 輪に入り腰を下ろすと、丸井が絡んできた。 自分も同じブロックのくせに。 「丸井先輩もでしょ!しかも食い過ぎじゃないッスか!?」 「最下位脱出のために力をつけてんだよ。お前、午後一の学年リレー出る?」 「出ます!先輩出ますっけ」 「出ない!つーか、俺もう綱引きまで出番なし」 「あー……だから、更に体重を増やそうと……」 「うるせえ!」 怒りの形相の丸井が、コブラツイストを仕掛けてきた。 座ったままだから中途半端だけど、痛い。 「あ、もう一人の最下位が」 座りコブラツイストの体勢のまま、丸井が入口を見て言った。 「仁王ー、おっそい」 幸村がまた、ふらふらと手を振る。 それに、んー、と適当な返事を返す仁王が、丸井の隣に座った。 赤也と丸井を見ると、けらけらと笑い出した。 「最下位が二人、じゃれとるのう」 「お前もな!」 どうしても気になって、ちら、と柳の方を盗み見たが、こっちを見てはいなかった。 |