二つの鍋が空になり、代わりに八人の中学生の胃袋が満杯になり、なぜか一人ずつ風呂に入り、結局全員が幸村の家に泊まることになった。 客間に敷かれた布団は人数に対して枚数が足りなかったが、パズルの要領で全員がなんとか収まることができた。 寝心地は決して良くないだろうに、みんなぐっすりと眠っているようだ。 男子中学生は食欲も睡眠欲も旺盛なのかも知れない。 ついでに性欲も、と考えてから、しまった考えなきゃ良かった、とすぐに後悔した。 ぐっすり眠っている周りが恨めしかった。 布団に入ってから、俺は一睡もできていなかったからだ。 理由は分かっている。 ちら、と自分の横、正確には胸下の横にある柳の頭に目をやる。 最初は良かった。 幸村との水面下での戦いに勝利し、柳の隣、正確には右斜め上をゲットした。 おやすみー、と電気が消えた時もまだ平気だった。 どこでだめになった、と考えると、たぶん暗闇に目が慣れたあたりだ。 今みたいに右下に目をやった。 するといつもは見えない柳のつむじが見えた。 それだけだった。 そんなちょっとしたことで、俺の睡眠欲はあっさり性欲に負けてしまったのだ。 自分たち二人だけじゃないし、もちろん何かしようというわけでもなかったけど、緊張で眠れなくなるくらいには、俺はまいってしまった。 あー、眠れん。 髪の毛ぐらい摘まんでみても良いだろうか、と俺が悶々と考えていると、ドアの一番近くで眠っていた誰かがいきなり、むくりと起き上がった。 端は確か幸村だったはずだ。 自分以外は全員寝てると思っていたもんだから驚いた。 俺が驚いているうちに、幸村はドアを開けて出て行ってしまった。 トイレか?びっくりさせんなよ、と勝手に文句を言う。 幸村はわりとすぐに戻ってきた。 なぜか俺は息を潜めて、じいっとその一挙一動を観察した。 手に持っているのは毛布だ。 毛布の数も足りていなかったから、新しく持ってきたのかも知れない。 幸村の足元では丸井がぬくぬくと一枚の毛布を占領していた。 幸村は毛布の他にもう一つ何かを持っていた。 しかしなにせ暗いので、特定できない。 毛布と何かを持った幸村は、さっきまで自分が寝ていたところは通り過ぎて、こっちに向かってくる。 一瞬、あの片眉を上げる仕草が頭をよぎったが、俺の上もあっさりと越えて、幸村はカーテンの隙間から手を伸ばし、ベランダの窓を開けた。 肌寒い空気が風に乗り、遅れて流れてくる。 そのまま幸村はベランダに出て行った。 こんな夜中に変なやつだ。 でも、と俺はそこで少し考えた。 どうせこのままだと眠れんじゃろうしなあ。 肌寒い風にちょっと当たるのも悪くないかもしれない。 むしろそれが良いような気がした。 隣の柳はいっそ憎らしいぐらい熟睡していた。 部屋のやつらを起こさないように、そうっと窓を開けた。 「あれ、仁王、起きてたんだ」 「眠れんかった」 正直に答えた。 幸村は俺の言った意味が分かったのか、愉快そうに片眉を上げた。 暗くて見えなかった何かはマグカップだった。 湯気が出ているところを見ると、温かい飲み物を入れてきたんだろう。 「隣どうぞ」 「ついでに毛布も半分くんしゃい」 「それは嫌だ。自分の持ってきなよ」 ぎゅっと眉根にシワを寄せ、反論する。 「人数分ないじゃろ」 「寝てるからどうせ分かんないって。奪っちゃえ」 「分かっとるくせに」 熟睡してる柳の、してなくても同じだけど、毛布を奪う気にはなれない。 合点がいったのか、幸村はまたしても片眉を上げた。 「なあ、それ、嫌じゃな」 その隣に腰を下ろしながら、俺は言う。 ちゅうか、思ったよりかなり寒い。 もう夏はずいぶんと遠いとこまで行ったんだな、と思った。 「それって?」 「眉毛、こう、上げるやつ」 と幸村の癖を真似る。 「そんなことしてる?」 「しとる。俺が柳と喋っとる時とか、まあ、そういう時に」 「あ!」 俺の言葉を聞いた幸村は、そう声を上げると、突然笑い出した。 あははは、と寒空に響く大きな声で。 俺は、窓が閉まっているとはいえ、家の人や、すぐそこで寝ているみんなが起きてしまうんじゃないかと心配になった。 そんな心配どこ吹く風で、幸村は大声で笑い続けた。 やがて笑いが収まったのか、はあ、と息を吐く。 涙まで出たらしく、目尻を拭う。 泣くほどって、どんだけ泣いたんじゃ。 「それさあ、どう思ってた?」 まだ半笑いのまま、幸村は言った。 「どうって?」 「考え過ぎる仁王のことだから、なんか勘違いでもしてんじゃないかって。もしかして、俺が『蓮二は渡さねえぞ!』って牽制してるとか思ってない?」 その通りだったけど認めるのが癪で、「まあ」と言葉を濁す。 「やっぱり!」 「違うんか」 「ま、それもちょっとはあるかな」 「それこそ、やっぱりじゃ」 「だって蓮二は大事な親友だもん」 「それもそうじゃな」 と今度は素直に頷いておく。 幸村が柳を大事に思う気持ちは、俺のとは違うにしても、確かに分かる。 「でもそれよりも、ただからかってただけだよ。ラブラブで良いですねえ、見せつけてくれるねえ、って。そんだけだよ」 幸村は静かに微笑むと、そんなことを言った。 「なんじゃそれ」 と俺が顔をしかめれば、また、大きく笑う。 |