甘い2087 | ナノ



マンションのドアを開けて言った「ただいま」に、返事がない時のパターンは数種類ある。
風呂に入っていてリビングにいないから。
料理をしていて聞こえないから。
本を読んでいて構う気がないから。
喧嘩中で返事をする気がないから。
そもそも家にいないから。
玄関で靴を脱ぎながら、後ろ二つだったら嫌じゃなあ、と思った。





リビングのドアを開けると、蓮二はソファーで本を読んでいた。
パターン三、正解です、と俺は内心でふざける。

「ただいま、何読んでるん?」
コートをハンガーにかけながら声をかけたのは、蓮二の手元にあるのが本ではなく、正確には雑誌だったからだ。
これが分厚い小難しそうな本だったら、読み終わるまでは絶対に話しかけない。
こそこそと食事を済ませ、こそこそと風呂に入る。
そうして「あ、おかえり、帰っていたのか」と言われてようやく、「ただいまっちゅうたぜよ」と一応は言えるようになるのだ。

「家具のカタログだ。おかえり」
「カタログ?何か新しくするん?」
蓮二の横に座り、そのカタログを覗き込む。
ソファーの前のテーブルには、似たような雑誌が数冊広げられていた。
どれも丁寧に線を引き、付箋まで貼られている。

「…はっ!まさか!」
「ん?」
「蓮二この家出て行く気なんか!?」
「はあ?」
いきなり大声で言った俺の言葉に、蓮二は心底呆れたような声を出した。
「やって、家具のカタログこんなに読み込んどるって、そうとしか思えん」
「読み込んでいるのはこのページだけだ」
「このページって…ソファー?」
蓮二が開いているページには、大小様々、色とりどりのソファーが掲載されていた。
「ああ。今使っているものは、俺が一人暮らししていた頃のものをそのまま持ってきただろう?そろそろ買い替えようかと思って、それで色々と調べていたんだ」
「なんじゃ。余計な心配した」
と肩をすくめれば、「勝手に勘違いして勝手に心配して、忙しいな」と笑われる。

「雅治は?」
「え?」
「雅治はどれが良いと思う?」
訊かれて、ざっとカタログを見てみる。
色や形はたくさんあるが、ソファーはソファーだ。
どれを選んだところであまり変わりないように思えた。
蓮二は何かの試験みたいに真剣に、カタログを指でなぞる俺を見つめていた。

「んじゃ、これ」
と適当に目についたものを指差した。
焦げ茶の革張りのソファ。値段はそれなり。
「それはだめだ」
「えー、なんで」
と顔をしかめる。
どれが良い、と言ったからには、お前が選んで良いよという意味かと思ったのに。
「それは普通よりも低めに設計されているんだ。ほら、そこに高さが書いてあるだろう。今うちにあるものより低い。それでは、脚の長さを考えると、くつろぎ辛くなってしまう」
「脚の長さ、ね。なるほど」
俺は投げ出した脚をぶらぶらとさせた。

「ほんなら、蓮二はどんなんが良いんじゃ?条件みたいなん、あるじゃろ」
と今度は反対に訊ねる。
すると蓮二はわずかに考えるような仕草を見せてから、つらつらと答え始めた。
「まずはそうだな、座り心地が良い」
「大事じゃな」
「大幅な模様替えをしてもなるべく合うように、色や形はシンプルな方が良い」
「ほうほう」
「二人で毎日使っても、長く使えるように、丈夫なものが良い」
「ふうん」

「…やけに嬉しそうだな」
適当に相槌を打っているつもりだったのに、蓮二は俺の顔を見つめて、愉快げにそう言った。
「ありゃ、なんでバレたんじゃ」
「顔がにやけている」
「まじで」
頬をぺちんと触ってみる。
痕跡はないけれど、確かに緩んでいるかも知れない。

「何がそんなに嬉しいんだ?」
訊ねる蓮二の頬も、同じように柔らかく緩んでいる。
なにって、もう全部だ。
「二人で、とか毎日、とかずっと、とかそういうの」
「ずっと、とは言ってない」
「言っとるようなもんじゃ」

この部屋で過ごす明日が当たり前になっていく。
その先の未来に永遠に俺がいる。
そう言われて嬉しくないはずがない。

「条件なあ。条件は俺もそれでええよ。あとはカタログ見ててもよお分からんじゃろ。で、週末の予定は?」
「…特には無いが?」
「じゃ、どっか家具屋さん行こ。目で見て座ってみて、そんで決めた方が絶対ええじゃろ」
「確かにその通りだな。そうしよう。ところで雅治、夕食は?」
そう言われて、俺はまだ夕食を食べていなかったのを思い出した。
「そういやめっちゃ腹減った!」
「だろうな」
蓮二が立ち上がって、台所に向かうので、俺もついていく。
「なに、なに」
「鍋だ。一緒に食べようと思ってたから、俺もまだ食べていないんだ。今温めるから食器を出してくれ」
「おう」
「…嬉しそうだな」
「そりゃもう。一緒とか、そういうの全部」






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リクエストありがとうございます。
遅くなってしまって、申し訳ないです。

仁王くんも柳さんも本当に本当に可愛いですよね〜
そんな二人が一緒にいるから可愛いんだと思います!

甘い2087!大好きです!
勝手に同棲設定にしてしまいましたが、大丈夫だったでしょうか…?
どこか「違うよ!」というところがあったら、遠慮せずおっしゃってください…!

この度はリクエストありがとうございました〜!


12/03 管理人:きほう

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