マンションのドアを開けて言った「ただいま」に、返事がない時のパターンは数種類ある。 風呂に入っていてリビングにいないから。 料理をしていて聞こえないから。 本を読んでいて構う気がないから。 喧嘩中で返事をする気がないから。 そもそも家にいないから。 玄関で靴を脱ぎながら、後ろ二つだったら嫌じゃなあ、と思った。 ずっとこんなふうにわらいたかったんだ リビングのドアを開けると、蓮二はソファーで本を読んでいた。 パターン三、正解です、と俺は内心でふざける。 「ただいま、何読んでるん?」 コートをハンガーにかけながら声をかけたのは、蓮二の手元にあるのが本ではなく、正確には雑誌だったからだ。 これが分厚い小難しそうな本だったら、読み終わるまでは絶対に話しかけない。 こそこそと食事を済ませ、こそこそと風呂に入る。 そうして「あ、おかえり、帰っていたのか」と言われてようやく、「ただいまっちゅうたぜよ」と一応は言えるようになるのだ。 「家具のカタログだ。おかえり」 「カタログ?何か新しくするん?」 蓮二の横に座り、そのカタログを覗き込む。 ソファーの前のテーブルには、似たような雑誌が数冊広げられていた。 どれも丁寧に線を引き、付箋まで貼られている。 「…はっ!まさか!」 「ん?」 「蓮二この家出て行く気なんか!?」 「はあ?」 いきなり大声で言った俺の言葉に、蓮二は心底呆れたような声を出した。 「やって、家具のカタログこんなに読み込んどるって、そうとしか思えん」 「読み込んでいるのはこのページだけだ」 「このページって…ソファー?」 蓮二が開いているページには、大小様々、色とりどりのソファーが掲載されていた。 「ああ。今使っているものは、俺が一人暮らししていた頃のものをそのまま持ってきただろう?そろそろ買い替えようかと思って、それで色々と調べていたんだ」 「なんじゃ。余計な心配した」 と肩をすくめれば、「勝手に勘違いして勝手に心配して、忙しいな」と笑われる。 「雅治は?」 「え?」 「雅治はどれが良いと思う?」 訊かれて、ざっとカタログを見てみる。 色や形はたくさんあるが、ソファーはソファーだ。 どれを選んだところであまり変わりないように思えた。 蓮二は何かの試験みたいに真剣に、カタログを指でなぞる俺を見つめていた。 「んじゃ、これ」 と適当に目についたものを指差した。 焦げ茶の革張りのソファ。値段はそれなり。 「それはだめだ」 「えー、なんで」 と顔をしかめる。 どれが良い、と言ったからには、お前が選んで良いよという意味かと思ったのに。 「それは普通よりも低めに設計されているんだ。ほら、そこに高さが書いてあるだろう。今うちにあるものより低い。それでは、脚の長さを考えると、くつろぎ辛くなってしまう」 「脚の長さ、ね。なるほど」 俺は投げ出した脚をぶらぶらとさせた。 「ほんなら、蓮二はどんなんが良いんじゃ?条件みたいなん、あるじゃろ」 と今度は反対に訊ねる。 すると蓮二はわずかに考えるような仕草を見せてから、つらつらと答え始めた。 「まずはそうだな、座り心地が良い」 「大事じゃな」 「大幅な模様替えをしてもなるべく合うように、色や形はシンプルな方が良い」 「ほうほう」 「二人で毎日使っても、長く使えるように、丈夫なものが良い」 「ふうん」 「…やけに嬉しそうだな」 適当に相槌を打っているつもりだったのに、蓮二は俺の顔を見つめて、愉快げにそう言った。 「ありゃ、なんでバレたんじゃ」 「顔がにやけている」 「まじで」 頬をぺちんと触ってみる。 痕跡はないけれど、確かに緩んでいるかも知れない。 「何がそんなに嬉しいんだ?」 訊ねる蓮二の頬も、同じように柔らかく緩んでいる。 なにって、もう全部だ。 「二人で、とか毎日、とかずっと、とかそういうの」 「ずっと、とは言ってない」 「言っとるようなもんじゃ」 この部屋で過ごす明日が当たり前になっていく。 その先の未来に永遠に俺がいる。 そう言われて嬉しくないはずがない。 「条件なあ。条件は俺もそれでええよ。あとはカタログ見ててもよお分からんじゃろ。で、週末の予定は?」 「…特には無いが?」 「じゃ、どっか家具屋さん行こ。目で見て座ってみて、そんで決めた方が絶対ええじゃろ」 「確かにその通りだな。そうしよう。ところで雅治、夕食は?」 そう言われて、俺はまだ夕食を食べていなかったのを思い出した。 「そういやめっちゃ腹減った!」 「だろうな」 蓮二が立ち上がって、台所に向かうので、俺もついていく。 「なに、なに」 「鍋だ。一緒に食べようと思ってたから、俺もまだ食べていないんだ。今温めるから食器を出してくれ」 「おう」 「…嬉しそうだな」 「そりゃもう。一緒とか、そういうの全部」 ---------- リクエストありがとうございます。 遅くなってしまって、申し訳ないです。 仁王くんも柳さんも本当に本当に可愛いですよね〜 そんな二人が一緒にいるから可愛いんだと思います! 甘い2087!大好きです! 勝手に同棲設定にしてしまいましたが、大丈夫だったでしょうか…? どこか「違うよ!」というところがあったら、遠慮せずおっしゃってください…! この度はリクエストありがとうございました〜! 12/03 管理人:きほう |