05 仁王3 「高校には行かないで働く」と言ったら、案の定叔母は眉間に深くシワを寄せた。 それから静かに口を開いた。 「聞いてない」 仁王はほっとした。 少なくとも今の叔母は、「仁王が高校に行かずに働くことに反対」だから怒っているのではなく、「そのことを仁王が話していたかった」から怒っているのだ。 これから変わるとしても、少なくとも今は。 だから正直に答えた。 「やって言ってないもん」 叔母は、はあとため息を吐いた。 「そういうことじゃないでしょう。どうして言ってくれなかったの」 そんなの決まっている。 言う必要がないから。 まだ中学生の自分を、三年も面倒を見てくれたことには感謝している。 はっきり言って、本当の親よりも叔母の方が百倍は好きだ。 けれど、そういうことじゃない。 言ってたとえ反対されても、自分がそれに従うことはない。 仁王の意志は固かった。 だから最初から、議論する意味がないのだ。 決まっていることを話し合うのは時間の無駄だ。 よって言う必要もないけど、そうはいっても叔母は保護者だ。 時間の無駄でも、言う必要が無くても、話し合いは勝手に始まってしまう。 保護者面談がある限り。 なにより叔母のことは好きだ。 出来れば納得し、快く見送って欲しい。 そう思えば、必要はなくても、話し合う意味はあるな、とも思った。 「反対されると思ったから」 「別に反対はしない。それがちゃんと考えた上で出した結論なら」 「考えた」 間髪入れず、短く答えた。 「どうして?」 理由を言うのは少しためらわれた。 叔母一人の前なら構わないけど、目の前の席にはもう一人、担任教師もいる。 でもここもやっぱり、正直に言った方が良いんだろう。 「親と関係ないとこで生きたい」 「そう」 叔母は軽く頷いた。 代わりに、今度は担任教師が眉間にシワを寄せていた。 彼は仁王の家の事情を詳しくは知らないはずだ。 しかし担任なら、保護者の名前が仁王の姓でないことは分かっているだろう。 難しい問題だな、と思っているのかも知れない。 俺が解決しなきゃ!とか思うなよ、と仁王は心の中で念じた。 しばらくして、叔母はまた大きく息を吐き出した。 「もう一度話し合ってみます」 と担任教師に向かって言った。 担任教師は眉間のシワをぱっと取り払った。 「まあ、内部受験は一月。私立の受験でも早くて十二月。公立も一月と二月で、決めるのに、まだまだ時間はありますから。申請はもう少し早いですが、まだ焦らなくても大丈夫ですよ」 と笑った。 「といっても、十一月、最終の保護者面談までには、確定しておいて欲しいですね」 「分かりました」 叔母は立ち上がり、深々と頭を下げた。 それに合わせて、おざなりにぺこりと頭を下げる。 担任教師の困ったような笑みが見えた。 ドアを閉め、廊下に出ると、叔母はこっちに向き直った。 「十一月まで、ね。それまでもう一度よく考えなさい」 「うん」 と頷きながらも、そのつもりは無かった。 「雅治が早く独り立ちしたいって、ずっと思ってたのは知ってるけど。一応、大学まで行かせる準備はあるの。それは憶えておいて。あと、高校ってきっと楽しいわよ」 叔母はそこで言い淀むように、一旦口を噤んだ。 続く言葉を仁王は遮った。 テニスは辞めるの?そう言われるのがつらかった。 「あっち、友達待ってるみたいじゃから、もう行く」 そう言って廊下の端を指差した。 柳が立っているのが見えた。 [←] | [→] |