晴れたらいいね | ナノ

04



柳2

お昼の放送の開始を伝える音楽が校内に一斉に流れた。
有名なクラシックだ。
月曜日と金曜日とで、曲が変わっていることを知っているのは、放送委員の他には、放送に耳を傾けているごく一部の生徒ぐらいだろう。
四時間の授業が終わって緊張が解け、午後に備えて一生懸命ごはんを食べたり、友人と楽しく喋っている人の耳には、放送は入ってこない。
うるさいから、と教室のスピーカーを切る人もいるくらいだ。

柳もちゃんと放送を聴いていたわけではなかった。
だから音楽を聴いて、月曜と金曜ではかかっている曲が違うと気付いたわけでも、それを人に訊ねたわけでもない。
生徒会によって、毎月の提出が各委員会に義務付けられている「活動報告書」に書いてあったのを見たのだ。
『放送委員の今月の活動報告。月曜日の昼放送。オープニング曲・乙女の祈り』
その下に、またいくつか曲名の羅列があった。
お昼の放送といっても、短くカットしたオープニング曲の後に「お昼の放送の時間になりました」と担当者がアナウンスし、適当に何曲か音楽を流すだけのものだ。
そこに書いてあったオープニング曲の名前が、月曜日と金曜日で違っていた。
単に、柳はそのことを知っていただけだった。

その金曜日のオープニング曲「ある晴れた日に」を聞きながら、柳は階段を上っていた。
すぐに音楽は切れ、放送委員の短いアナウンスの後に、今度は流行りのポップスが流れてきた。
階段を上りきり、つきあたりを曲がる。
三年生の廊下に出ると、椅子に座っている仁王の姿が見えた。
三年B組の教室の前だ。
つまらなそうに足を投げ出している。
どの教室の前にも、同じように椅子が数個置かれている。
保護者面談の順番を待つ親と生徒のために用意されたものだ。
柳の母親も二日前、今仁王がいるよりもっと向こうの、三年F組の前の椅子に座っていた。
もっとも、柳自身は座らずに、立ったまま順番を待ったけれど。
ということは仁王の隣に座っているのは、彼の保護者だろう。
ストライプ柄の細身のパンツスーツを着た、キャリアウーマン然とした女の人だ。
仁王の両親は共働きだっただろうか。
そう考えてすぐに、そういえば仁王の家族のことを何も知らない、と気付く。
家族構成も聞いたことがない。
それどころか、仁王とは一回も家族の話をしたことがなかった。
そこで急に、なぜか胃の辺りが痛んだ。
腹の底がよじれるような熱い痛みに、一瞬顔をしかめる。
すぐに収まった。
ほっと息を吐く。

立ち止まっていたからか、仁王が立ち上がり、だらだらとこっちにやって来た。
軽く手を上げてそれに答える。
「そういえば今日だと言っていたな」
「参謀は水曜って言っとらんかった?」
「そうだ」
「のにこんな時間まで残って……あ、勉強?」
柳はかぶりを振った。
「次の生徒会の選挙の件で、選挙管理委員との話し合いに参加していたんだ」
「そういや、そんなんももうすぐか。ようやくお役御免なんじゃな、参謀も」

九月になると、もうほとんどのことが二年生主体になっていく。
そろそろ三年生は受験に専念しろということ、でもない。
なにせ立海は大学まで続くエスカレーター式で、高校を外部受験するのは全体の一割にも満たない。
しかも内部進学は、よっぽどのことが無ければ簡単に通る。
その証拠に残る行事、体育祭の時期も十一月とかなり遅い。
もちろん三年生はそれもめいっぱい楽しむ。
どちらかというと、来年のために早く新しいシステムを整える必要があるんだろう。
どんなシステムでも急に動き出すのは難しい。
生徒会の選挙も、すでに立候補者は決まっており、来週には顔写真とコメントを載せたプリントを各クラスに配布して、再来週には演説と投票の予定だ。
その週のうちに集計と結果発表があり、仁王の言う通り、柳の生徒会としての最後の仕事は終わる。

「これでようやく暇になる」
「暇んなったところで、俺なんか、何したらええか分からんけどな」
部活のことを言っているんだろう。
仁王は少し眉を下げた。
「勉強しろ」
からかいのつもりで、柳はそう言った。
実際、仁王の成績は悪くない。
それほど勉強しているとも思えないから、要領が良いんだろう。
それとも自分が知らないだけで、実は物凄く勉強しているのか。
「勉強なあ」
仁王は苦笑いぎみに言った。
苦笑いするのも分かる。
仁王の成績で内部進学が通らないことはまずない。
柳はそういう意味で、仁王が苦笑いを返してきたのだと思っていた。
今になって勉強する必要、ある?という意味で。
しかし次に返ってきたのは、思ってもみない言葉だった。
「もう勉強せんかも。高校いかんで、働くから」



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