03 仁王2 五時間目をサボって屋上にいた。 午後になって少しはやわらいではいるが、まだ太陽の光は強い。 入口の真上、他よりも高く設計された二畳ほどのスペースが作る日陰に、あぐらをかいて座った。 暑い日はいつもそうしている。 そこ以外に、この屋上には太陽の陰になる場所が無いからだ。 逆に寒い日は、ほとんど錆びついて赤茶色になったベンチに座っている。 もう元の色が分からないベンチは金属製で冷たいけど、体温で温まるので、座っているうちに気にならなくなる。 仁王は寒さにも強くはなかった。 けれど、暑さに比べればずっと我慢出来た。 キイ、と真横のドアが開いた。 「……やはりここにいたか」 入口の向こうに柳が立っていた。 口ぶりから、仁王を探していたらしい。 「珍しいのう。サボり?」 「まさか」 柳はドアを閉めると、そこから遠い方の仁王の横に座った。 がさがさとビニール袋の擦れる音がした。 「今日から保護者面談で、三年生は午前授業だぞ」 「え、まじ?」 問いかけに、柳は顎を引いて答えた。 まったく知らなかったから本気で驚いた。 「本当に知らなかったのか?」 今度は柳が問いかけてくる。 「いつからか始まるんは知ってたけど、今日とは思っとらんかった。俺の番、金曜じゃから、そんくらいからかと思っとった」 「金曜は最終日だな」 「んじゃ五日間もやんのか。長いのう」 「ある程度期間を設けないと、保護者の都合がつかないからだろうな」 「参謀は?いつ?」 「明後日だ」 「ふうん」 誰くんの?と訊こうとして、やめた。 そうすると、こちらも誰が来るのか言わなければならない。 来るのは叔母だけど、なぜ両親ではなく叔母が、と訊かれたら答えられない。 というよりも、答えたくない。 仁王にとって家庭のことは、絶対に秘密にしておきたいことだ。 きっと誰にも理解されないから。 もっとも、理解できるもんか、という思いもあった。 「んで、午前授業なんて良き日に、なんで柳はここにおるん?面談は明後日なんじゃろ?」 「ああ……」 と柳はいかにも思い出したように声を上げると、ビニール袋を仁王に渡した。 見たところ、店の名前などはプリントされていない。 「なん、これ」 「仁王お前、昼食を食べていないだろう」 「あー…うん」 その通りだったので、頷く。 「だろうな」 「やって、食べる気せん」 「いくら食べる気がしなくても、少しは腹に入れておかなければ、後で体調を崩す」 やや厳しい口調で、柳は言った。 ビニール袋の中身をさぐると、おにぎりとゼリー、パックの麦茶が入っていた。 「これ、購買?」 「ああ。それくらいなら食べられるだろう。というか、食べろ」 今度は、「やや」ではなく、はっきりと厳しい口ぶりだった。 思わず、懐かしい、と思った。 体調管理。つい二週間前まで、柳が口酸っぱく言っていたことだ。 仁王にだけじゃない。 なぜか立海テニス部のレギュラー陣は、総じて体調管理が上手くできない者ばかりだった。 頭では分かっているはずなのに、テニスのこととなると、自分のことを忘れがちだった。 そのテニスをするのは自分の身体なのに、おかしな話だけど。 しかも過剰な練習をして柳に怒られるのは、体調管理を指導する側の部長や副部長の場合も多かった。 だから必然的に、個々の身体能力を把握している柳が、二人の分までそれを言わなければならなかった。 もっとも仁王が言われるのは、幸村や真田のような「オーバーワーク」よりも、「身体を冷やすな」だとか「水分補給を怠るな」だとか「野菜も食え」だとか「バランス良く食え」だとか「とにかく食え」「吐いても食え」だとか、ほぼ食事に関することだった。 「もう選手じゃないのに、世話焼きじゃな、参謀は」 「友人の体調を心配するのは当たり前のことだろう」 さらりと言われて、仁王は胸の奥がこそばゆくなった。 こういう恥ずかしいことを、簡単に言うんだからかなわん。 むしろこっちが恥ずかしくなってくる。 「分かったらさっさと食べろ」 「お金は?」 「奢りだ」 「ありがとう」 いいから食べろ、と念を押すように言った柳は果たして、「ありがとう」に込めた全ての意味に気付いただろうか。 たぶん、気付いただろう。 そのくらい当たり前なのだ。 この鋭くて聡明な友人にとっては。 [←] | [→] |